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蒼鋼のドラグーン メイル編 第一章 - 13

第十三話 初恋

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 メイルは、医務室の寝台の上で目を覚ました。寝台の横に備え付けられた椅子にはブロスが座っていて、メイルの顔を心配そうに覗き込んでいた。

「──大丈夫かメイル? すいぶんうなされていたようだが……」

 ブロスがメイルの頭上に何気なく手のひらを置く。メイルは、先程見た夢、母セムがブロスに向ける愛情そのものを追体験し、自分の初恋も自覚したメイルは、ブロスのことを妙に意識してしまい、眼の前のブロスを見て頬が熱くなった。

「ん? ずいぶん顔が赤いが──熱があるんじゃないのか? 軍医を呼んでくるぞ」

 ブロスが席を立とうとする。メイルは、また何気なくメイルの頬を触るブロスの細い指を、妙に意識して更に顔が赤くなってしまい、慌てて体調不良を否定した。

「ちっちがいます!! 体調は大丈夫なんです! ただちょっと、夢を見て──それで──、私、ブロスさんに伝えたいことがあるんです。訊いてくれますか? 私は大丈夫なので、ここにいてください」

 メイルはしどろもどろになりながら、赤くなった顔を、手元で丸めた毛布にうずめた。その様子を不審がりながらも、ブロスはメイルに応える。

「かまわんよ、訊こう。どんな夢を見たのだね」

 メイルは、先ほどまで夢の中で見ていた、セムが持っているブロスへの感情や記憶。エドゥアルドの王との対話について話した。

「多分、私の中の封魔の血が、採血で足りなくなって、魔神への封印が弱まったから、こういう夢を見たと思うんですけど……」

「うん?」

「私が見たのは、私に中にいる魔神──といわれるエドゥアルドの王様と話をする夢だったんです。その前に、王様が封じられたときの、お母さんの記憶を見て──お母さんの本当の気持ちを知ったんです」

「セムの本当の気持ちを?」

「はい。ブロスさんがお母さんと別れたあと、お母さんは表面的にはブロスさんに冷たかったかもしれないけど、心のなかではずっと、ブロスさんを深く愛していました。昔と変わらずに。そのことだけは、ブロスさんに伝えないとと思って──王様も、そのことは伝えた方がええでって、いってくれて」

「……そういう、夢だったのだろう? わからんよ、ほんとうのことは。それに、長年セムが秘めていた感情を、魔神を通じてメイルから聞き出すというのも、抵抗があってだな……」

 ブロスはそう言いながらも、メイルが嘘をつく子ではないということをわかっていたので、目に見えて気持ちが動揺していた。

「ほんとうなんですよ。私は、王様が感じていた、お母さんの気持ちになって知りました。お母さんがブロスさんに向けていた強い愛を」

 メイルは涙ぐんでいた。それを見たブロスも、目頭が熱くなった。

「それでわかったんです。私の本当のお父さんは──ブロスさんだって」

 メイルは意を決してその事実を口にし、ブロスの反応を待った。ブロスはしばらくしたのち、口を開いた。

「……君には、ずっと黙っているつもりだったのだが。セムやヴァラッドやジムダルに君のことを任せっきりで、君になんにもしてやれなかった、不甲斐ない父親だから」

 ブロスは気まずそうに、下を向きながら言った。

「そんなことありません! ブロスさんは命がけで私を助けてくれました。私を信じて戦ってもくれました。それが私は凄く嬉しかったんですよ……でもなんでそこまでしてくれるんだろうって、ずっと思っていました」

「君は大事な娘だからな」

 ブロスが、本当に大事なものを見るような、母セムに向けていたものと同じ、優しいまなざしをメイルに向けて、メイルの頭を優しく撫でた。メイルの胸がつまる。

「でも……私、まだ気持ちの整理がつかなくて、これからもブロスさんのことをブロスさんと呼んでもいいですか? 自分の気持ちにけじめがついたら、お父さんと呼ばせてください」

 メイルは自分の中の初恋、ブロスへの淡い想いと、ブロスが父親である事実の間で葛藤していた。父と呼ぶには、ブロスを好きになりすぎてしまったので、メイルにとって初恋を諦めるに等しい事実を認めるのも、容易なことではなかった。

「? かまわんよ。君の父親はヴァラッドでもあるのだから、私が父親だとわかっても、気持ちの整理がつかないだろう。メイルの好きなように呼んでくれ」

 メイルは、もう一人の優しい父ヴァラッドを思い浮かべながらうなずくと、話を続けた。

「私の中の魔神──エドゥアルドの王様は、私の遠いご先祖様で、わたしの味方だっていっていました。前にヘルダー大佐に追い詰められたときに、ヘルダー大佐から助けてくれたのも、王様だったみたいなんです」

「なるほど。あれは、メイルの中の魔神がやったことだったのか──」

「王様は、封魔の御子の幸せを願っているといっていました。王様を封じた初代の封魔の御子は、王様の昔の想い人の女性で、代々の封魔の御子は、その子孫なんだそうです。だから幸せになって欲しいって願いがあるんだそうです」

 ブロスは、メイルの話を頷きながら訊いている。

「王様は、幸せはそう感じる心がないと、なくなってしまう時があるって言ってました。だから今ある幸せ、本当のお父さんであるブロスさんを大事にせえよと、いわれたんです。私もブロスさんはとっても大事な人だから、ブロスさんとの関係を、大事にしていきたいなって思ったんです」

「それは本当に、ハイドラ──魔神なのか? メイルのご先祖様であるエドゥアルド王の人格を強く感じるが、長く封印された時の中で、ハイドラの支配力が弱まっているのかもしれない。それにしても随分、人間らしい価値観を持っているのだな。だが、メイルにそういってもらえて嬉しいよ。私も全く同じ気持ちで、君との関係を大事にしていきたいと思っている」

 メイルがブロスの言葉を受けて、嬉しそうに微笑んだ。

「夢の中の記憶で、お母さんがアコースティックギターを爪弾いて、弾き語りしていた場面があって。素敵な歌を歌っていました。私の名前の由来になった、スノウメディウムの歌でした。そのメロディと歌詞は、目が覚めても覚えているんですよ」

 メイルが、囁くような声で、夢の中で母セムが歌っていた一節を諳んじた。それは、二人が深く愛し合っていたときに、セムが作って歌っていた曲だった。

『♪ 爪弾く弦は 揺れる心奏でて、波紋する音色は ただ一つの真実のように──』

『♪ Is unbreakable love still there? With the same salvation as back then?
(壊れない愛はまだそこにあるのか? あの頃と同じ救いをもって?)』

 ブロスの双眸から一筋涙が流れた。

 『心のなかで感じた真実(こと)は、そう簡単には変わりはしないと信じたい』と、古代人の隠れ里で、セムとの別れを迎える前の夜に、ブロスは心の奥にずっと変わらない真実があることをセムに話した。そのときのセムは心を鎧って、ブロスに共感を向けなかったが、ブロスは今になって、それが本当に変わらない真実で、それによってメイルが生まれたのだということを、メイルの歌で実感して、涙が出た。

「……また、その歌を聴けるとは思わなかったよ。しかも、メイルの歌声で。ありがとう」

 メイルの心にもまた、一つの変わらない真実があった。

メイルの初めての恋。ブロスが父親だとわかっても、消えてくれそうにない想いだった。ただ、ブロスの迷惑になってはいけないと考え、メイルが口に出すことをしなかった感情。

 メイルは、母セムの作った愛の歌を、ブロスの心の深い部分まで届くように優しく歌った。メイルの心の奥の気持ちまでは、ブロスに悟られませんようにと願いながら。

(メイル編 第一章 了)

IN FLAMES -炎と灰の追憶- 世界観イメージソング『SNOW MEDIUM』

作曲・編曲 いしいの音楽制作所 様
歌 いしい 様
作詞 八神旭

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