夢 幻 劇 場

[個人創作ブログ/イラスト/小説/漫画・他]

蒼鋼のドラグーン メイル編 第一章 - 11

第十一話 ルインプラント2

≪前の話へINDEX次の話へ≫

「魔力を集積するルインフレームがいなくなれば、護竜から太陽はなくなり、皆凍えて死ぬのだぞ。それとも、ヴァルバ正規軍の勇気あるバカ……ドラゴ将軍が推進する、生贄のいらぬ人工太陽《ルインファルス》をあてにしているのか? あんな時間と金ばかりがかかった理想の玩具など、たとえ完成したとしても俺の魔術で粗大ゴミにしてくれるわ。民を血肉に成り立つ世界でなければ、誰も世界や命など尊ばぬ。その世界を作る護竜の王は、俺一人でよい」

 護竜の若き皇帝テオは、それがただ一つの理というように、無邪気な残酷さを見せ、笑った。

 王座に座るテオの周囲には、フードを目深に被った魔術師の集団がおり、呪文を唱え、魔術発動の予備動作をとっている。シグルーンはその呪文を聞き取るや否や、顔色を変えた。

「脱出するわよ! 早く!!」

『そう急くな。貴様にはとびっきりの呪いを用意しておいた。しかと味わっていけよ』

 皇帝テオは、パチンと指を鳴らす。同時に遠隔魔術を受けたシグルーンが、その場でがくりと倒れる。血泡を吹いて、顔色が死人のように青くなり、体温が急速に失われていく。メイルが、その異変に驚きながら、シグルーンに駆け寄り、手に触れたが、その冷たさに悪寒がした。

『その男の、体中を巡る魔術回路をズタズタに破壊した。しばらく魔術は使えまい。そして、呼吸とともに魔力を生み出す肺も潰し、物理的に傷を蝕む呪いをかけた。日頃から護竜を荒らし回る反乱軍の月将へ、俺から心ばかりの褒美だ』

「シグルーンさん!!」

 メイルが、呪いによって氷のように冷たくなったシグルーンを抱きかかえて、皇帝テオを睨んだ。

『なんだ? ハイドラもどきの小娘。俺になにか文句があるのか? よろしい。ならば魔術騎兵ルインフレームの《汎用級》《騎士級》を束ねる、《将軍級》を与えてやろう。ブリキの化け物同士、仲良く戦うがよい』

 皇帝テオがそういうなり、赤い魔法陣から、巨大な魔石のクラスターを背に携えたるインジェネラルが現れた。恐ろしいことに、ルインフレーム、ルインナイトを従えている。冷笑的なテオの立体像は、音もなく消えた。

「メイル、わかっていると思うが、急がねばこの遺跡は時限爆弾で吹っ飛ぶ。呪いを受けたシグルーンの命も危ない。こんな化け物と戦っている時間はないぞ。スペリオールラグーンとインフェルノを召喚して、こいつらより早く遺跡を脱出し、爆発と共にこいつらを生き埋めにするくらいしか手はない!」

 ブロスは、即座にインフェルノを召喚し爆炎の呪文を放った。ルインジェネラルは燃え盛る爆風のなか微動だにせず、火傷ひとつ負ってはいなかった。

 メイルは、気絶しているシグルーンをスペリオールラグーンの操縦核《ミッド・ギア》に搭乗させる。ブロスのインフェルノと共に、大広間を最速で脱出し、辿ってきた通路を引き返す。ルインジェネラルは、ルインフレーム、ルインナイトを引き連れ、追ってくる。

 メイルは背後に向けて光柱を放つが、ルインジェネラルが放つ魔力の光線を避けきれない。スペリオールラグーンは負傷。メイルは、体勢を立て直すと、ルインジェネラルの背中にある魔石のクラスターに狙いを定めて呪文を放つ。

「光柱《エンリ》!!」

 着弾する直前に、ルインジェネラルは周囲に魔術シールドを張り、メイルの攻撃を相殺する。相殺どころか、魔力を取り込んで、光柱を跳ね返してきた。それがスペリオールラグーンの右半身に命中し、装甲が蒸発する。

「……っ」

 搭乗席で、シグルーンが意識を取り戻したらしく、呻いた。

「シグルーンさん、すぐダロネアに戻ります! じっとしていてください」

「メイルちゃん、ルインジェネラルは、魔力攻撃を吸収して反射する。あなたたちの手には負えないわ。かといって遺跡の外にあれを出すわけには行かない。私がルインジェネラルに自爆魔術をかけるから、そのうちに脱出するのよ……」

「シグルーンさん、駄目です! いま身体の魔術回路が切れているって……」

 メイルの言葉を待たず、シグルーンは無詠唱で自爆魔術をルインジェネラルに向かって発動させた。視界がホワイト・アウトしたのち、大爆発が遺跡を包む。

「は、やく、いきなさい」

「シグルーンさ…!!」

 シグルーンは吐血し、そのまま意識を失ってしまった。

「メイル急げ、小型爆弾も爆発するぞ! 彼の行動を無駄にするな!!」

 ブロスがメイルを叱咤する。

 遺跡の出口付近で、爆発の熱風でドロドロに溶けたルインジェネラルが、その恐ろしい風貌のまま、メイルとブロスを追ってきた。

「こいつ、死にきっていなかった!!」

 ブロスは遺跡の出口で、メイルに先に脱出するように促す。魔力を跳ね返すというルインジェネラルに、インフェルノの槍で連続攻撃を浴びせる。通路の奥に、吹き飛ばされるルインジェネラル。それでもなお、ブロスに向かってくる。

「やむをえんな!!」

 ブロスはルインジェネラルに突進すると、メイルから少しでも引き離すように、ルインジェネラルの半身を押さえつけた。

 その時、閃光に包まれ、爆発した遺跡が全壊。メイルは、まだブロスが脱出するところを確認していない。

「ブロスさん!! ブロスさん、返事をしてくださぁい!!」

『だ、大丈夫だ、それよりも、早くシグルーンを、夜都ダロネアに…!! 彼を、反乱軍の軍医に診せるんだ、我々では治療できない、ゴボッ!』

 ブロスが通信でメイルに呼びかけたが、操縦核《ミッド・ギア》のアイウィンドウに、ブロスは映っていなかった。生身でインフェルノから放り出されたのかもしれない。

 メイルは不安に駆られながら、搭乗席で気を失っているシグルーンを見た。ひと目で危険な状態だとわかる。時間がない。

「封魔の御子の血には、封魔の力が──魔術を無効化する力が宿っていると訊きました……なら、私の血を飲めば、魔術の呪いを受けたシグルーンさんは助かる……?」

 メイルは、迷わず自分の手首に噛み付く。痛みとともに血が滴り、それをシグルーンの口元に持っていく。

「私の血を、飲んでください、シグルーンさん!!」

 シグルーンが、口元に流れ込んだメイルの血を飲んだ。

 その瞬間、死人のようだった顔色に血色が戻り、シグルーンが咳き込む。だが、物理的に傷ついた肺が痛むのか脂汗をかき、苦悶の表情を浮かべている。

「わ、私は大丈夫よ、メイルちゃん。ブロスさんを助けに行って……おそらく、遺跡の中に閉じ込められているわ……」

 メイルは頷くと、崩れた遺跡の残骸に向かって光柱を放った。瓦礫の山を、スペリオールラグーンのドリル状の腕で破壊して、生き埋めになっているかもしれないブロスを探す。

「ブロスさん!!」

 ブロスはライドギア・インフェルノの召喚が解け、生身で瓦礫の中に身をうずめていた。ブロスを守るように瓦礫を押しのけ、スペリオールラグーンから降り、ブロスの身体を抱えて操縦核《ミッド・ギア》へ乗せようとした瞬間。

 装甲が溶け、外殻だけの姿になったルインジェネラルと、ルインフレーム、ルインナイトの生き残りの群れが、メイルの背後から瓦礫をはねのけて現れた。

 メイルは生身でブロスを抱えている。ライドギアに乗る事も、防御も、攻撃も、間に合わないー!!

「──プロテクト解除。詠人の思考電気信号、または視覚情報を座標に変えて出力。衛生兵器群《スターゲイザー》!」

 気を失っているはずのブロスが、うつろな視界にルインジェネラルたちを捉えながら、聞き取れない速度でそう呟く。同時に、空から無数の光線が降り注ぐ。メイルの背後にいたルインジェネラルや、ルインフレーム、ルインナイトを正確に貫き、跡形もなく蒸発させた。

「い、今のは……? それより、ブロスさんと、シグルーンさんを助けなきゃ…!!」

 メイルはそう思いながら、気を失って倒れたブロスを、スペリオールラグーンの操縦核《ミッド・ギア》に乗せる。手負いのブロスとシグルーンを乗せたスペリオールラグーンを最速で飛ばし、空中都市ソラリスを後に、夜都ダロネアへと向かった。

≪前の話へINDEX次の話へ≫