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蒼鋼のドラグーン メイル編 第一章 - 4

第四話 ブロスとの出会い

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「うっ──ジムダル──」

 飛空挺(シュガルラ)の医務室で、メイルは目を覚ました。
 起きあがろうとしたが、胸部の痛みに肘をつく。あたりを見回すと、培養液に入った人体のパーツ、精密機械が立ち並んだ施設で、こちらを見ている人物がいた。

「目を覚ましたかね」

 黒い長髪、三十代なかばの男性で、左眼にモノクルをはめている。理知的な雰囲気を纏い、黒曜の双眸は思慮深く、学問に精通する人間の趣があり、長身痩躯に、黒いスーツと白衣を羽織っていた。だが、瞳には力がなく、火の消えた静かな蝋燭を思わせた。

「傷は、まだ痛みますか?」

 男の傍らには、研究者らしい理知的な印象の女性がおり、メイルに声を掛ける。

「──あなた方は──お医者さんですか?」

 メイルの問いに、目の前にいた男は、無表情に応えた。

「医者ではない。私は、ヴァルバ正規軍の軍属学者──ブロスだ。彼女は、助手のリーゼ。私は、人工太陽《ルインファルス》と、魔造細胞から作った、人体のスペアパーツを作っている。負傷した兵士の、治療のためにな。君の欠損した心臓も、心臓のスペアパーツで治したのだ。君の本物の心臓は、欠損していて移植できなかった──」

「痛っ」

メイルは、起きあがろうとして、胸の鋭い痛みに顔を歪めた。

「──無理に動くな。移植部分の蘇生が、完全ではない。君の蘇生を待って、君を人工太陽《ルインファルス》の部品にする」

「!? ──ルイン…ファ? どういう、ことですか?」

「君が人工太陽《ルインファルス》の生体部品になれば、君の自由意志は失われる、といっているんだ」

「なにをいっているのか、意味がわかりません──あれは!!」

 メイルは不安そうに、辺りを見回す。医務室の棚に並べられた『シリンダー番号:1450ジムダル』と記された、小型の培養液に入った心臓を見つける。

 メイルは、ジムダルのシリンダーに駆け寄って手を取ると、男をきつく睨んだ。

「人でなし!! ジムダルが、なぜ、こんな目に遭わないといけないんですか! ジムダルは私を守るために、命がけで戦ってくれたのに! わ、私を守るために、何年も花園を維持して、心臓を悪くしてしまっていたのに……!ひどい……ひどすぎます!! こんなことをして、一体何をしようっていうんですか!」

 ブロスは、メイルからシリンダーを取り上げようとしたが、メイルは、それを手放そうとしなかった。

「ジムダルの心臓は、薬草で保たせていたようだが、魔力の使いすぎでひどく衰弱していた。そのシリンダーも、使えるのは一回限りだろう。君の言うとおり、我々は、上の命令に従うだけの、人でなしだ。──不本意ではあるが、命令に背くわけにはいかない」

「命令って、なんです!? あなた方には、誰かの為に、戦おうって気持ちはないんですか!? 自分勝手な理由で、なにかを奪うために戦うんですか!? そんなの間違ってる!! あなたが、臓器のスペアパーツを作れるなら、ジムダルの心臓だって、治すことができたかもしれないのに、殺して瓶漬けにするなんて!」

 メイルは、双眸から大粒の涙を流して、ブロスに叫んだ。

「わかっているよ、非道なことをしているというのは。私とて、自分の技術を正しいことに使えたら、どんなにいいか。だが、正しいことをして、それだけで物事が正しく進んで、正しく生きていけるほど、この世界は、単純には出来ていないんだ」

 ブロスは、なんの感情も宿さない声で、メイルに応えた。

「ごめんなさい。あなたに言っても仕方がないことでした……。でも、ジムダルが死んでしまって、気持ちのやり場がなくて。ジムダルは、『誰かの為に、戦う意志が黄金なんだ』って、教えてくれました。そして、黄金の意志は、誰の心にもあるって」

 メイルが、とめどなく溢れてくる涙をこらえた。

「黄金の意志だと? くだらんな。私には、そんなものはない」

「ジムダルは、誰の心にも黄金の意志はあると、いっていました──誰かの為に戦える、強い心が!」

「フン。では、捨て身になって戦って、大事なものを全て失い、敗れたときのことを考えたことはあるか? そう──今の君だよ」

 メイルは悔しそうに、下唇を噛んだ。

「惨めなものではないか。負ければ、挑んだ相手に従うしかなくなる。敗者に権利などない。君は、人工太陽《ルインファルス》の部品となって、死ぬ。向こう見ずな無鉄砲さのことを、黄金の意志というのかね? 死期を早めるだけだと思うがな。くだらん」

 ブロスは、右手の薬指をしきりに触れながら話している。メイルは、ブロスの仕草を不思議に思いながらも、続けた。

「確かに私は──負けました。ジムダルや、花園の動物や、植物たちも、守れませんでした。もう私には、なにもありません。でも、私から全てを奪ったものの、いいなりになって、死ぬのは、いやです──!」

 メイルが胸を押さえ、よろけながら、診察台の上から、床に降り立った。

「なにをするつもりだ、そんな身体で──まだ、蘇生しきっていないのだぞ!」

「もう一度、ドラゴ将軍と戦います。私は、ドラゴ将軍が許せません。あの人にどんな大義があったって、ジムダルを殺すことが、正当化されるわけじゃありません」

「この飛空挺(シュガルラ)は、軍本部に向かっている。ドラゴだけじゃない、今度は、軍を全て、敵に回すことになるのだぞ。それに、君の切り札である、ライドギアを召喚するための指輪は、金庫の中だ」

 メイルは、悔しそうに歯噛みした。

「さっき、ジムダルをシリンダーにしたのは本意じゃないっていいましたよね。どうしてブロスさんは、こんな酷い事をする軍隊のいいなりになっているのですか?」

「私を従軍させるために、私の親友が、人質に取られている。私が命令に従わなければ、私の親友が拷問を受ける。私は、それに耐えられない。だから、いいなりになっている。それだけだ」

 ブロスが、苦虫を噛みつぶしたような表情で、応える。助手のリーゼが、ブロスに同情的な視線を向けている。メイルは、しばらくブロスの顔を見つめたあと、意を決したように、続けた。

「私が、ライドギアを召喚するための指輪──それを取り返すのに、協力してくれたら、私がスペリオールラグーンの力を借りて、ブロスさんの親友を、助けます」

「なんだと?」

 ブロスは怪訝な表情で、メイルの顔を見た。

「悪いが、私は、そんなお人好しではない。戦う気力など、とうの昔に燃え尽きた。私はもう、終わった人間なのだ。それに、人の生死が関わることを、簡単に助けられるなどと、安請け合いするものではないぞ」

 ブロスは、メイルに冷たく言い放つ。メイルは、強い瞳で続けた。

「私が、差し出せるのは──私の命だけです。軍隊が、私を部品に使いたいなら、ドラゴ将軍は、私を殺しはしないはずです。私を盾にすれば、ブロスさんも、殺されないでしょう。親友の方と、ブロスさんを、軍隊から脱出させればいいのなら、それまでは、私がブロスさんを守ります」

 メイルは目覚めてから、ことの経緯をみて感じたことを率直に言った。ブロスは、それも的を射ていると思った。メイルがいなければ、人工太陽《ルインファルス》は動かせないからだ。

「……指輪は金庫だと思うが、君では侵入不可能な場所にあるとだけ、いっておく」

 ぼそりと応えたブロスに、驚きの表情を見せる、助手のリーゼ。

「ブロス博士……妙な気を、起こさないでくださいよ。人工太陽《ルインファルス》計画の開発責任者が、計画を放棄して、まさか彼女、このめるるんと一緒に逃走する気ですか? あなたは護竜の人々に貢献するために、学者になったのではないのですか?」

「め、めるるん?」

 リーゼは、ブロスに芽生えた感情を認めたくないようだった。学者としての本分を思い出させる言葉をブロスに投げかける。

「そうだ、私は人々の役に立ちたくて、学者になった。魔造細胞の研究も、人工太陽の研究もそうだ。結果的に、ドラゴの命令で遂行することになったが……その間にも、十数年にわたって、私の親友は拷問を受け続けてきた。助け出さなくてはならない、今すぐにでも……!」

「ブロス博士……冷酷なことをいいますが、研究に犠牲を払うことは既にわかっていたことのはずです。でも、研究が成功すれば、犠牲になったものより遥かに多くの人々が救われます。あなたが抜けては、研究は立ちゆかない段階に来ているのですよ。冷静になってください」

 リーゼの声音は真剣そのもので、瞳には若干の怒りも含まれていた。

「護龍に登る呪われし太陽のもとで、我々の生きている一日は、無償ではありません。民の命がひとつ失われることによって得られる一日なんです。生贄に捧げられたものや、遺族の気持ちを考えてください。我々は、その重さを噛み締めて、いまの自分に選択できる最適解で行動をしないと」

「君のいうことはよくわかる。だが……すまない、リーゼ。自分の最適解と、職務の最適解、両方は選べないなら、私は……前者を選びたい。君にも、自分の命より大事なものがあると思うが、私にとっては親友がそうなのだ。親友が命がけで大事にしているものは、私にとっても大事だ。私の親友、ヴァラッドとセムの二人は──メイルの両親なのだ」

 メイルが目を見開く。ブロスが一呼吸置いて、続ける。

「メイルを逃し、居場所を隠していた罪と、私への人質として拘束され、メイルの場所を吐くように拷問を受けていた。私が研究を遂行するにしても──せめて二人を一時的にでも助け出し、メイルと両親を会わせてやることはできないかと考えている。私がしてきたことの帰結として、メイルが部品になるしかないのだとしたら……私にはそれくらいしかしてやれない」

 リーゼがやりきれない表情になった。メイルは、ブロスの親友が、自分の両親だったことに驚いて、言葉を失った。

「ブロスさんの親友が、私の両親……!? お父さんとお母さんが、私を、守ろうとした罪で拷問を受けているなんて……ジムダルは、両親は私を花園に置き去りにしたと言っていました。それは、嘘だったんですね……」

「ジムダルも君のことを思って嘘をついたのだとは思うが……君が見つかって、人工太陽《ルインファルス》の部品になる。実際この日がきてみると、やはり、ヴァラッドとセムの娘である君を、部品にすることに対して……決心がつかない」

 葛藤しているのか、ブロスが目を閉じて俯き、両手を握りしめた。

「本気ですかブロス博士…? その、ご親友を助け出したいとか、めるるんをご両親に会わせたいという希望は、反逆罪にあたりますよ。ドラゴ将軍に……いえ、副官のヘルダー様はお優しい方です、めるるんとご両親の件を話せば、ドラゴ将軍に掛け合ってくださるのではないですか?」

 リーゼが折衝案を提示したが、ブロスは諦めに近い表情を浮かべて首を振った。

「過去にそういう話を何度かしたのだ。もしメイルが見つかったときは、部品にする前にと。ダメだった。そんなことより早く人工太陽《ルインファルス》を完成させろ、と言われたよ」

「そうですか……たしかに我々の職務は人工太陽《ルインファルス》を完成させ、実用化することなので、仕方ないのかもしれませんが……それでは、こちらの世界の事情を何も教えられずに生きてきた、めるるんが不憫ではないでしょうか……などと、この計画に従事する、私が言えたことではないのですが」

 そういってリーゼは表情を曇らせる。ブロスもリーゼと同じ心持ちのようだった。

「それから、リーゼ。私は人工太陽《ルインファルス》の研究をやめるわけではないよ。軍ではなく、私に技術提供をしてくれている夜都ダロネアの、エヴァン博士と共に研究は続ける。本部にいる君に責任者を引き継いでほしいのだ。エヴァン博士からの技術提供として私が君をサポートする。ただしメイルを部品に使うのではなく、代替部品を使っての起動を試みる方向に変えると思うが……」

 リーゼが、少し考え込むような仕草を見せた後、口を開いた。

「エヴァン博士──私の父のもとへ行くと…? 確かに父は、反乱軍の街・夜都ダロネアにいながら、人々の益になるならとヴァルバ正規軍にも技術協力する姿勢を持つ変わり者ですが…。でもまあ……考えとしては妥当かと。ウィツィロトの追っ手も調査もなく、反乱軍にも与せず、ヴァルバ正規軍にも妨害されず、今まで通り研究を続けられる安全な場所と言ったら、父の研究所くらいしか思いあたりませんから」

「エヴァン博士には迷惑がかからないように務めるよ。ところで、魔造人間の素体と、素材になる魔石のストックはあと何体ある?」

「? ええと、素体が10体と、魔石が4個です。魔石は貴重なので、ストックを切らしたら、補充に期間を要すると思いますが」

 リーゼが、手元のファイルを確認して、慌てて応える。

「そうか、ありがとう。メイル、私が君に作ってやれる時間は、14日間だ。君の代替部品ができなかった場合だが、それ以上ルインファルスの完成を遅らせるわけにはいかない」

 メイルは、息を呑んで頷く。ブロスはリーゼに向かって続けた。

「リーゼ、14日待ってくれ。成果はエヴァン博士を通じて君に提供する。その14日間に必要な生贄のことだが……、まだ痛覚も意思も心身に植え付けられていない魔造人間の素体がある。狂った要求だが、それを家族があり手に職を持ち護竜で生きる市政の人間の代わりに、呪われし太陽への生贄に捧げてほしい。魔造人間にも命があり人道に反した行いだが、問題はすべて私の責任にしてくれ」

 リーゼが困った顔をしながらも、頷いた。そのやり取りを見ていたメイルが、ブロスに頭を下げた。

「ブロスさん……ブロスさんも大事なお仕事と事情があるのに、無理を言ってしまってごめんなさい。でも、都合を工面してくれたり、私に時間を作ってくれたり、私と両親を会わせてくれようとした気持ちがとても嬉しいです。ブロスさんのことは、私が絶対に守りますから。リーゼさんも応じてくださってありがとうございます。ブロスさんの身の安全は、必ず守りますから、どうか心配しないでください」

 メイルが、ブロスとリーゼに、再び深々頭を下げた。リーゼは困った顔のまま、メイルに笑顔を作る。

「めるるんも、お元気で。私は、上が気づくまで、とぼけておくくらいしかできませんからね、ブロス博士。それから、研究に没頭するのは結構ですが、食事と睡眠には気をつけてください。また痩せて、顔色が悪いようですから」

「ありがとうリーゼ。本部にいる君に、苦労はかけないようにするから」

 リーゼは苦笑し『何を今更』という顔で腕を組んだ。

「環境が変わるまで、無事に生き延びてください、ブロス博士。研究は生きていなければできませんから」

 リーゼの言葉に頷くブロスは、メイルを一瞥して、続けた。

「指輪のある場所へ、案内する。私も金庫に用があるので、一緒に行こう」

「!! ありがとうございます、ブロスさん! ブロスさんのことは、身に危険が及ばないように、私が絶対に守りますから!」

「少女に言わせる言葉ではないな。自分の身は、自分で守るよ」

 ブロスは苦笑して、研究室のドアを開ける。

 研究室を出ていくブロスとメイルを、リーゼは複雑な表情で見送った。

 研究室を出ると、近代的な意匠の飛空挺内は、不気味なほど静まりかえっていた。ブロスは早足で通路を歩いて行く。メイルは転ばないように必死でブロスに続いた。

「悪い。急ぐのだ。私が不審な動きをすると、すぐに感づかれてしまうのでな」

ブロスは振り返って、メイルの手を取り、メイルが転ばないように、腕を引く。

「オオオオオオオオオオオオオ!」

 耳をつんざく咆哮と共に、目の前に赤い魔方陣が展開される。旋風が、ブロスとメイルを薙いだ。魔方陣の中心から現れたのは、巨大な腕を携えた機械兵だった。

「金庫には門番がいる。ヴァンガード、とよばれる魔術ロボットだ。不審者を探知すると、魔方陣から現れて、侵入者を襲う。私が、これから金庫に行って、指輪を取ってくる。君はコンテナの影に隠れていなさい」

 ブロスはメイルに「気休めにしかならんと思うが」といって銃を手渡し、扱い方を教える。

 ブロスは、軍の生体認証を受けているので、外敵と判断されないらしい。現れたヴァンガードを通り抜け、金庫へ続く通路へ駆けていった。

 メイルは、コンテナの影に隠れようとしたが、ヴァンガードの挙動を見るなり、ヴァンガードの正面へ走り、叫んだ。

「こっちを狙うんです、魔術ロボ!!」

 ヴァンガードがブロスを追おうとしたので、メイルは自分を囮にしようとした。

 安全装置を外して、2,3発、発砲する。
 キィン、キィン、と音を立て、銃弾は鉄の装甲に跳ね返される。

 ヴァンガードがゆっくりとメイルの方に向き直った。
 大きな腕を掲げ、メイルに向かって振り下ろす。

「きゃああああ!」

 鉄塊を思わせる腕は、メイルの身体すれすれに叩き付けられた。位置が少しずれていれば、身体がぺしゃんこになっていただろう。

 メイルは、震える両足をおさえつけるように、ブロスから、ヴァンガードを遠ざけるため、逆方向へと走った。

 ビィイ!という破裂音を立て、ヴァンガードの腕から、古代魔術の熱線が無数に放たれる。メイルは必死に逃げたが、熱線はメイルの腕や脚をかすめる。傷口から血が噴き出す。

 メイルは苦痛に耐え、ヴァンガードを、ブロスのいる金庫の方角に向かわせないように、甲板を逃げ回った。

「あうぅ!」

 メイルの足下に、熱線が集中放火される。
 メイルは躓いて、倒れてしまった。体中の傷から、血が滲んでいる。

 ヴァンガードが、メイルにゆっくりと近づく。
 黒い影が、メイルの上に伸びる。
 ヴァンガードは巨大な片腕を伸ばし、うずくまるメイルの四肢を掌で握り込んだ。

「ああああああぁッ!!」

 メイルを、巨大な手で締め上げる、ヴァンガード。
 同時に、電流を流され、メイルの目の前は、真っ白になりかける。

(ブロスさん……は、はやく、指輪を……!)

 全身を走る激痛。
 
 そのとき。
 漆黒の巨大な槍が、凄まじい速度で投擲される。
 メイルを拘束するヴァンガードの腕を、一瞬で引き千切った。

 ヴァンガードの腕ごと、甲板に投げ出されるメイル。
 甲板に連なる吹き抜けから落ちそうになり、メイルは必死に柵に捕まる。

「オオオオオオオオオオオオオ!」

 咆哮するヴァンガード。

 黒鋼の巨人が、漆黒の槍で連続攻撃を放つ。
 強烈なそれは、片腕を失いショートしかけたヴァンガードの身体を粉砕した。
 ひしゃげたヴァンガードは、紅蓮の炎に包まれると、爆発し、砕け散った。

「あれは──!!」

 メイルの周囲で、轟々と燃えさかる炎の向こうに、炎を反射して黒く輝く、黒鋼の巨人がいた。火の粉が舞う旋風のなか、赤銅色の半透明の翼を広げ、炎の中で仁王立ちしている。

「私を、た、助けてくれたんですか──?」

「すまない。遅くなった。これは、私のライドギア・インフェルノだ」

 ブロスは右手の薬指にはめた指輪に、インフェルノをいったん収納すると、柵に捕まっている、メイルを引っ張り上げた。

「無事……ではないな。怪我をさせてしまった。すまない。落ち着いたら、後で治療しよう」

 ブロスは申し訳なさそうに、ボロボロのメイルを見た。

「ライドギア……ブロスさんも、ライダーだったのですね」

 メイルは黒い指輪をはめたブロスを見て、驚いたような瞳で訊いた。

「ああ。もう、乗ることはないと思っていたが、君のような少女に身体を張らせて、私が戦わないわけにはいかないだろう」

 ブロスは黒いコートのポケットから、蒼い指輪を取りだし、メイルの右手の薬指にはめた。

「君の指輪だ。そして、こちらも、君が持っていなさい」

 ブロスが渡してきたのは、ジムダルの、琥珀の指輪だった。涙ぐむメイル。

「ありがとうございます、ブロスさん…! ジムダルの指輪まで──」

「礼はいい。君が、ヴァンガードを遠ざけてくれたおかげで、無事に指輪を取り返せたのだ。こちらこそ、ありがとう」

 ブロスが、ふっと口元をゆるめて、笑ったように見えた。

 その時、けたたましいアラームの音が、鳴り響いた。

「金庫室に、私のIDで忍び込んだのが、ヘルダーに感づかれたな。急ぐぞ、ここから一番近い、A区画のダストシュートから脱出しよう」

「はい!」

 武装した兵士達の、けたたましい足音が響き、隣の通路を横切っていく。ブロスとメイルはA区画を走って、ダストシュートの扉を探した。

「いました、ブロス博士です!! 金庫から、指輪を奪って、逃走中!!」

 ドラゴ将軍の副官ヘルダーが兵士達の先頭におり、兵士は躊躇なく発砲する。

「おい! 急所には当てるなよ。どちらも計画に必要な人間なんだ」

 そう言ったヘルダーはブロスを見るなり、端正な顔を歪めて、苦言を吐いた。

「やはり、おまえかブロス! 軍への忠誠心の低い貴様など、はなから信用していなかったがな!」

「なんとでも言え、ドラゴの腰巾着が!!」

 ブロスはそういうと、背後の非常口の扉に、発砲した。風圧で、鉄の扉が外に吸い出されていく。

 ブロスは、意を決し一呼吸すると、メイルを腕に抱え、空へ飛び降りる。

「急所は狙わず撃て!! 逃がすな!!」

 真っ逆さまに、夜空を落下していく、ブロスとメイル。
 すれすれで飛び交う銃弾。
 ブロスとメイルは視線を合わせて、同時にライドギアを召喚した。

「光より生まれ出でし竜よ 我に戦う力を! 黄金竜 スペリオールラグーン!」
「荒廃の地獄よりきたし 炎の機神 漆黒の竜騎士 インフェルノ!!」

 二人のライドギアが、まばゆい光で展開される魔術陣の中から召喚される。

 スペリオールラグーンとインフェルノは、空挺(シュガルラ)を追い越し、お互いを追うように、月下の夜空を疾駆した。

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