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蒼鋼のドラグーン メイル編 第一章 - 7

第七話 ひとときの安寧

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 メイル、ブロス、セム、ヴァラッドの四人が、霧深い『古代人の森』にたどり着いたのは、日が昇りきってからのことだった。

 古代人の森には、古代人(エンシェント・リム)と呼ばれる者たちが住んでいるという伝承がある。護竜の土地を司る神メリガスを信仰する先住民族が、隠れ里を持つ場所だという。

 古代人は護竜の王政とは違う、独自の文化で生活している。

 かれらは太陽《インティ》への生贄制度にも従わない。古代巨像《エンシェント・メリガス》と呼ばれる、大地の化身である巨大な石像を使役し、体内で魔力を生成でき、魔術に秀でた種族だ。

 古代人たちが王政に牙を向けば恐ろしい驚異になるため、皇帝から疎まれ、隠れ里の場所を探し出し、取り潰せのとの命令が軍部に下されている。

 古代人の森は広大で、真昼なのに肌寒く、視界が白く染まるほどの濃い霧に包まれている。ライドギアから降りて徒歩でこの森を移動をするならば、またたく間に道に迷い脱出できなくなってしまうだろう。

 霧に身体を溶け込ませ、機体じゅうに水滴を滴らせたスペリオールラグーン。原生生物の鳴き声が静かに響く、鬱蒼とした森の麓でライドギアの飛行形態を解除し、霧で湿った草木や菌類の生い茂る地面に脚を着けた。

「ここでキャンプは無理でしょうか……」

 メイルは足元の生枝をスペリオールラグーンの右手で拾った。外部の情報を映すアイウィンドウに、生枝がかなりの水分を含んでいるという情報が映し出される。

「その枝を集めても火がつかないだろう。焚き火をするには、もう少し乾燥した枝でないと」

 ブロスはそういって、インフェルノのアイウィンドウに辺りの地形を映した。森のどこかにメイルたち以外のライドギアと生体反応がある。

「なにかしら。まさか追っ手? 五機、汎用ライドギアが近くにいるわ。そして多分…子どもの生体反応も……」

 セムが美しい眉根を寄せて、ドゥルガのコマンドウィンドウを起動し、迎撃の体勢を取る。

「ヴァルバ正規軍が、古代人の隠れ里を探しているのかもな。その子どもは古代人じゃないのか?」

 ヴァラッドがそういって視界を向けた方角。そこで恐ろしい地響きがした。

「古代巨像《エンシェント・メリガス》──!?」

 音のした方角に、森から頭部を突き出した巨大な石像が暴れている。 その周囲にヴァルバ正規軍の汎用ライドギアが展開し、巨像に攻撃を加えていた。

「あの子どもが、巨像を操っているのか?」

 ブロスが、アイウインドウで生体反応を追跡する。民族衣装を着て全身に怪我を追った、幼い男の子がアイウィンドウに映る。古代人の子どもだ。ブロスは、軍の汎用ライドギアの通信を傍受する。

『よし、攻撃はそのくらいにしてガキを泳がせろ。巨像を召喚してるんだ、魔力と体力がなくなれば、隠れ里へ逃げ込まずにはいられなくなる。場所が割れ次第、隠れ里を取り潰す』

『『了解!!』』

 ブロスが険しい表情で傍受した通信を切った。子どものいる方角へインフェルノを走らせる。

「あんな小さな子どもを傷つけて、隠れ里に逃げこませるように仕向けるなど──!!」

 アイウィンドウに映る、幼い少年は周囲を覆い尽くす霧でびしょ濡れだった。浅黒い額に、金色の前髪が張り付いている。

 必死に傷ついた身体で走り、巨像を駆り、軍の汎用ライドギアを追い払おうとしている。

 少年は、隠れ里に戻ろうとしている様子はなかった。

 ただ大きく利発そうな瞳に闘志を燃やして、傷ついた身体をおして、攻撃を加えてくる汎用ライドギアに勇敢に向かっていく。メイルは少年の満身創痍で孤独な戦いを見て、胸を打たれた。

「もしかして、あの子は、隠れ里を守ろうとしてる……?ブロスさん、お父さん、お母さん! あの子を助けたいです……!!」

 先行して子どもの元へ向かい、汎用ライドギアの攻撃を炎の壁で阻んでいるブロスを追うように、メイル、セム、ヴァラッドのライドギアも続く。

 メイルはスペリオールラグーンで汎用ライドギアを補足し、魔術呪文を放つ。

「光柱《エンリ》!!」

 森に奔る強烈な光のエネルギーに、森の木々が蒸発し、ライドギア三機が巻き込まれ爆発する。間髪入れずに、ヴァラッドの駆るサイレイドが、プラズマの光線を残りの二機に放った。

 ヴァラッドは逃げる汎用ライドギアの退路を立つように、進行方向に先回りする。

「作戦に失敗したといって、本部へ戻るんだな。帰れるくらいの損傷具合にはしておいてやる」

『貴様!! その顔、見覚えがあるぞ、軍からの脱走者だな!!』

 汎用ライドギアを駆るヴァルバ正規軍の軍人が、ひるまずヴァラッドに攻撃を加えようとする。

 その瞬間、セムの操るライドギア・ドゥルガの氷の刃が汎用ライドギアを貫き、機体が爆発する。

 汎用ライドギアから、緊急脱出ポッドが排出され、軍人が中から這いずり出る。

「まだやるのか?」

 ヴァラッドが、いつもの軽薄な笑みの消えた顔で訊いた。

「ひっ、は、反逆者が! 後で地獄を見せてやるぞ!!」

 軍人五名は、生身で森の中を逃げていく。

「ああいう輩は、徒歩で帰ればいいのよ」

 セムが冷たい口調で言い放つ。

 メイルは、傷ついた少年を保護しようと、スペリオールラグーンを降りた。

 しかし、少年はライドギアの区別がつかないらしく、新たな敵と勘違し、メイルに巨像の魔術で攻撃を加えた。それをインフェルノの炎の壁で防ぐブロス。

「大丈夫ですから!! もう敵はいません!! 私達は、あなたを助けに来たんです!!」 

 ライドギアから降り、丸腰でそう主張するメイルに対して、警戒の色を残した目で少年が言い放つ。

「あいつらの仲間じゃないって証明してみろよ。同じ機械に乗ってるじゃないか!」

 メイルは思案した後、森に来た経緯を話した。

 拷問されていた両親を助けて軍から逃げてきたこと。軍の非道さを知っているので少年を放っておけなかったこと。少年の怪我の治療を済ませたらすぐ立ち去る、と必死に訴えた。

「軍が両親を拷問……」

 少年は、隠れ里が軍に見つかった未來を見たような顔で、そうつぶやいた。

「腕と脚が腫れていますよ、折れていないでしょうか……?」

「ただの捻挫だよ。さわるな!!」

 メイルは少年の拒否を無視して、少年に近づいた。

 近場の太い枝を折り、少年の腫れた腕と脚を固定する。そこで少年が静かになったので、メイルは森の小川に少年をおぶさって連れて行くと、少年の無数の切り傷を綺麗に洗った。薬草を摘んですり潰して傷口に塗り、手持ちの包帯で丁寧に包む。

「おれ、治癒の魔術を使えるから。里に治療酒もあるし、ここまでしなくていい」

「ほかに、なにかしてほしいことはありませんか」

「……水が飲みたい。おれ、腕が上げられない……」

 メイルは小川の透き通った水を両手ですくって、少年の口元に運んだ。

 少年は少しためらっていたが、メイルの掌の水を飲む。その様子をライドギアから降りて見守っていたブロスが、安堵しながら見ている。

「その子はもう大丈夫か? 君、我々はもう行くよ。私達は古代人の隠れ里に危害を加える気はないから、我々が立ち去って誰もいなくなったら、隠れ里に戻るといい」

 ブロスは少年に優しく話しかけた。

 少年は、言葉通り少年に背を向けて去ってゆくメイルたちを見て、なにか言いたそうな顔をして、メイルの後ろ姿にぶっきらぼうに叫んだ。

「……ありがと!! 疑って、悪かったな!」

 メイルとブロスは、その声を背後に聞きながら、顔を見合わせて微笑んでいた。

 その時、少年が召喚していたものより大きい巨像が目の前に佇んでいて、巨大な脚をメイルとブロスの眼前に落とした。

「息子に何をした!! 外の人間が!!」

 激怒していているのは少年の父親だろうか。

 巨像の目の前に、たくましい体躯の日に焼けた中年男性がいた。男性が巨像を通じて魔術を放とうとする直前に、少年がメイルとブロスの眼前に駆け出し、父親を静止した。

「父ちゃん、ちがう!! この人達はおれを助けてくれたんだ!! 外の人間はもう逃げてったよ!!」

「無礼を働いてしまってすまない……」

 少年の父親は申し訳なさそうに、メイルとブロスにぺこぺこと頭を下げる。あとからやってきたセムとヴァラッドが目を丸くしている。

「いいんです、いいんです! じゃあ、私達はそろそろこのへんで……怪我をお大事にしてくださいね」

 メイルが恐縮してそう言うと、少年の父親は、あなたたちはなぜこの森に?と続けた。事情を話し、両親と休める場所を探していたというメイルに、少年の父親は同情的な表情を向けた。

「そうか。私としてはあなた方が、王政に与する人間ではなかったことに安心した。王政側の人間は、私達や地の神や古代人の隠れ里をのことを目の敵にしているからな…それに我々も太陽に人間を捧げることについては懐疑的というか、別に方法を探す必要があると思っている。大変だったな……君も、君の両親も」

 少年の父親の、心のこもった言葉にメイルは胸が詰まって涙が出そうになった。 そんなふうに言ってくれる人は、両親とブロス以外にはまだいなかったからだ。

「今、大老(アルター)は不在なんだが……あとであなたたちにしていただいたことは伝えておく。隠れ里は少子化で、子どもをとても大事にしているんだ。本当にありがとう。あなたたちがよかったら、我々の隠れ里で、家族の時間を持ってはどうだろう。丘に使っていない広場と炊事場があるから。あとね、今日は、我々にとって、大きな祭りの日なんだよ」

 少年の父親が、人の良さそうな笑顔を見せた。ブロスが恐縮する。

「いや。気持ちは大変ありがたいのですが、我々は追われている身なので、隠れ里に迷惑をかけてしまうかもしれない。それに私達の誰かが捕まって尋問にかかれば、軍には精神を操る尋問官もいる。隠れ里のことが軍部に明るみになってしまう可能性もあるので……」

 少年の父親は、隠れ里は安全だと力説した。

 隠れ里は魔術で姿を隠しているので、今回少年が秘密で森に薬草を採りに来たなどの特例を除けば、大人が門《ゲート》を開き、地図上に存在する場所ではないと話し、そうそう見つかる心配はないと話した。

「一人で薬草を採りに来たんですか?」

 メイルは、森に秘密で薬草を採りに来たという少年に話しかけた。

「おれのじいちゃん、心臓が悪いから……」

 都合悪そうに、そっぽを向く少年。メイルは、心臓の悪かったジムダルのことを思い出していた。

「私、心臓にいい薬草の育て方や薬の仕方を知っています。私の育てのおじいさんも、心臓が悪かったので──」

 少年がぱっと表情を明るくした。

「じゃあ、それ教えてよ!! おれのじいちゃんにも会わせてやるからさ!」

 少年の父親が『決まりだな』と笑って、その場で門《ゲート》の魔術を展開させる。メイルたちは、霧のように、森から姿を消した。

 古代人の隠れ里は、緑があふれ、牧畜も行われている、牧歌的でどかな場所だった。驚いたのは魔術で召喚する天体があり、里の中で太陽がのぼっていたことだ。

 皇帝以外にもこのような魔術を使えるものがいたことを知って、ブロスやセムやヴァラッドも驚いていた。

 隠れ里は、魔術酒の醸造がさかんらしい。醸造のための蔵がいくつもある。子どもたち数人が、果実ジュースの蔵の前で、ジュースを味わいながら遊んでいた。

「ありがとう。こころなしか、心臓が楽になったよ」

 少年の祖父の家の中で、メイルはお礼を言われてはにかんでいた。

 少年も嬉しそうにしている。少年の祖父は、隠れ里に太陽や月を召喚している術者だった。

 古代人は空気を取り込む肺で魔力が作られ、心臓からポンプのように魔力が排出される。なので、強力な術を使うほど、心臓や肺に負担がかかるのだという。

「たしかに人間の命を魔力に変換すれば大量の魔力を得ることが出来る。一日一人の生贄で、外の世界の太陽は保たれるだろう。だが、我々はそのようなことはしたくない。だから、術者が協力して魔力を提供しあい、魔術で里の太陽を召喚しているのだ。ただそのかわり、心臓や肺を痛めるものが多くてな、それで孫が大人に黙って、外に薬草を探しに行ってしまったのだ」

 ブロスは、街の維持のための話を、学者として気になるのか真剣に聞いている。

 メイルは、少年に薬草の育て方を教えた。香草の一種で、繁殖力も強く、一見群生している雑草と同じように見えるのだが、葉の先が若干青みがかっている。どこの土地にもあるもので、隠れ里にも雑草という認識で存在していた。

 メイルがそれを摘んで煎じて、少年の祖父に飲ませた所、起き上がることが出来なかった少年の祖父が、ベッドから半身を起こしたのだ。

「サジの薬草というんです。乾燥して保存すると簡単にお茶にできて、すり潰せば切り傷や火傷にもよく効くんですよ。調薬士さんがいれば、これを材料に薬にもできます。群生させれば毎年たくさん収穫できるようになりますから」

 メイルが誰が見てもわかるように、ノートに薬草の手入れの仕方や薬の作り方を丁寧にメモして少年に渡すと、少年はメモを大事そうに抱えて、メイルに微笑んだ。

「ありがと!! こんな身近に凄い薬草があったんだな! じいちゃんの心臓の負担が、少しでも楽になるようにおれもこれ覚えるよ!」

メイルも嬉しそうに頷いている。

「あの、ところであなたのお名前が知りたいんですけど、教えていただけませんか」

「※※※※だよ!!」

「!?」

 少年が威勢よく聞いたことのない言語で答えたので、メイルは戸惑った。

 話によると古代人は外の人間と違い、固有の名を持たないのだという。外の世界で功績を残したものが、稀に外の世界で使うための名前を貰う。

 そういった例を除けば、皆等しく地の神の子であるという認識で、名前の代わりに、巨像から個人を判別する紋章《ルーン》が刻まれた石版をもらう。

 しいて言えばその個別の紋章《ルーン》が名前らしいが、読み方は古代人にしか発音できないものらしい。個人の名を持たない文化ゆえ、自他の境界が薄く、共同体の結束も強い。

「へえ。あんたはメイルっていうのか。俺も、隠れ里の外で使える名前がほしいな、この隠れ里で英雄って呼ばれてた、ハイドラみたいにさ!」

 部屋の空気が凍りついた。少年の祖父は下を向き、ブロスは無表情になっている。メイルはそれを感じ取り、惑いながらブロスの顔を見た。

「──ハイドラの見方も、人それぞれですからね。救国の英雄と言うもののいれば、戦犯と呼ぶものもいる。君は英雄としてみてるんだね」

 ブロスがそういうと、少年が顔を輝かせた。

「そうだよ、ハイドラはこの里の生まれで、聖騎士として外の世界──護竜のために必死に戦ったんだ。でも、戦争に負けたら、戦犯と呼ばれるようになって処刑された。勝手だよ、外の人間って。だから、それ以降、おれたちは外の世界と関わるのをやめたんだ」

 少年は少し悲しそうな顔でそういった。ブロスは、うなづきながら訊いている。 メイルは、ハイドラ、という名を聞くとなぜだか、自分の名を呼ばれているような、心が波立つ心地になる。

「おれハイドラみたいな強い男になって、強い魔力も扱えるようになって、じいちゃんの心臓と肺の負担を減らして、元気に長生きしてもらうんだ」

 少年がそういうと、メイルは微笑んで頷いた。

 メイルは、少年の両親から、今晩食べる獣肉と山菜や茸をお礼にもらった。少年の母親が、隠れ里の丘にある炊事場にメイルを案内してくれた。

「この付近に生っている果実は自由に食べていいからね。それからこの果実ジュース、あの子からなの」

 少年の母親が、メイルに果実ジュースを数本渡した。メイルはお礼を言うと、少年はすごく優しい人ですねと続けた。

「ありがとう、あの子のことそんなふうに言ってもらえて嬉しいわ。このジュースもあの子が絞ったものなのよ。手当してもらったんだから、自分で渡しなさいっていったんだけどね。照れてるのよ」

 少年の母親がゆっくりしていって、今夜は祭りがあるから参加するといいわ、といって炊事場をあとにする。長い間使われていなかったらしい里の共用炊事場を、メイルはきれいに掃除していた。すると、セムがやってきて、掃除を手伝ってくれた。

「メイルは、心臓が悪いジムダルにとてもよくしてくれたのね。ヴァラッド──お父さんが感動して涙ぐんでたわ。いつもメイルとジムダルのこと、元気でやってるだろうかって、気にかけていたから──」

 セムが、メイルの横で流し場を洗いながらメイルに微笑む。メイルは、母はとても綺麗で魅力的な人だと思った。メイルの姉と言っても通じそうなほど若く見え、母親らしいメイルを慮る優しい口調で話すので、メイルは優しい姉と母を同時に得たような気持ちになって、嬉しかった。

「今日は獣肉と山菜と茸の包み焼きにしましょうか。山菜と茸は、スープにも使って。メイルとこんなふうに並んで料理ができる日がくるなんて、夢みたいね」

 セムは、メイルとの穏やかな時間をとても喜んでくれている。『といってもね。私、料理は苦手なんだけど』セムはそう続けて、悪戯に笑った。 メイルも優しい母セムと話せたり、一緒に夕飯を作れる時間を、今までになく幸せに感じた。

「ふたりとも、ここにいたのか。テントと寝袋と薪と焚き火の用意はしてあるからな。ブロスは里の書庫の整理を勉強がてら手伝ってるよ。ところで、何を作ってるんだ?」

 柔和な表情を湛えたヴァラッドが炊事場にやってきて、二人にたずねた。

 料理が苦手だと話すセムは、里芋の皮むきがおぼつかず、何度もぬめった芋を流し台に落としていた。それを見たヴァラッドが微笑ましそうに、笑顔を浮かべている。

「いや。笑ってすまない。セムは料理が少し苦手みたいでね。食事の準備は昔、ほとんどおれがしてて、でもメイルの離乳食は二人で作ってたな──懐かしいよ。あのメイルが料理できるほど大きくなったんだな。今日の夕飯は、三人で作ろうか」

 ヴァラッドはそういって、嬉しそうに微笑んだ。セムが落とした里芋を拾い、ヴァラッドも包丁を持つ。手際よく器用に里芋の皮を剥いて、切り分けて籠に入れていた。

「ありがと……こういうのはヴァラッドのほうが得意よね」

 セムは赤くなりながらヴァラッドにお礼を言った。

「誰でも向き不向きはあるさ。セムには他に素敵なところがたくさんあるんだから気にするな」

 気遣いを交わす両親のやり取りを見て、メイルはこの二人の娘で良かったと改めて思った。セムとヴァラッドの穏やかな会話が作る、優しい雰囲気のなか、メイルは嬉しそうに微笑んでいた。

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