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蒼鋼のドラグーン メイル編 第一章 - 10

第十話 ルインプラント

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 夜都ダロネアの広大な敷地に建つ、エヴァン博士の研究所。大きな月が夜を照らし、静かな森に囲まれている。ブロスとエヴァン博士は、人工太陽《ルインファルス》の部品となる、封魔の御子に代わる代替部品の研究を始めていた。

「人工太陽《ルインファルス》の代替部品ねぇ……封魔の御子の代わりというけど、一体どうやって作るつもりなの?」

 優美で感情のゆらぎのない声が、エヴァン博士の研究室に響く。反乱軍ナイトシェイドの游月将シグルーン。

 シグルーンは金細工の施された軽鎧を身に纏い、オーダーメイドの華美な衣装に身を包んでいる。男装の麗人然とした、性別を判別しづらい人物だが、おそらく男性だ。腰まで届く緩やかな金髪を揺らしながら、お茶請けの焼き菓子をテーブルに並べている。

 メイルは、給水室でお湯を沸かしていた。ギアスーツ姿は、ダロネアでは目立つということで、雑貨屋でブロスに買ってもらった白いワンピースを、メイルは着ていた。花園にいた頃に、ジムダルに選んでもらった白いワンピースにデザインがよく似ていたので、メイルは嬉しくなってブロスにお礼を言ったのだった。

 メイルは銀色の計量スプーンで茶葉を計ると、茶器に入れ、お湯を入れて蒸らした。ちょうどいい頃合いになると、テーブルへ運ぶ。

「悪いねえ。メイル君。遊月将殿も、茶菓子を持参してきてくれるとは、大変気が利くな。ありがたいよ」

 エヴァン博士が来客であるシグルーンに向け、ビーカーを取り出し、お茶を注ごうとした瞬間。シグルーンが持参してきたお茶道具とお菓子を、エヴァン博士の目前に掲げて、にっこり微笑んだのだった。

「ビーカーでお茶も風情があるけど、メイルちゃんも素敵な茶器でお茶したいわよねえ」

 シグルーンが品のある動作で、メイルが注いだお茶の隣に、お茶菓子を置く。手の所作が綺麗で、メイルはシグルーンの手のひらに、つい注目してしまった。メイルはお茶とお菓子を受け取ると、シグルーンにお礼を言って頭を下げた。

「エヴァンさんのビーカーも、目盛りがあってお湯を入れやすそうですが、シグルーンさんの茶器も素敵ですね。なんだろう、どこかで、この陶器の模様、見たような……? あっ。古代人の隠れ里で貸していただいた、食器の模様と似ているんだ」

 メイルが、あたたかいお茶で満たされた茶器をしげしげと眺めながら、合点がいったように、シグルーンを見た。

「あら、目聡いのねえ。そうそう、私の故郷……『古代人の隠れ里』で作られて、広く使われてる茶器なのよ。粘土で形作って、特殊な染料で模様を入れて、焼くの。綺麗でしょ」

 メイルが、微笑んで頷いた。

「はい。私も隠れ里で、この食器を見て、光の加減で、鮮やかに色が変わるのが綺麗で、模様も覚えていたんです」

 メイルが、その食器を使って両親とキャンプしたことを思い出して、少しの感慨に浸っている。

「ふふ、嬉しいわねえ。私も、メイルちゃんのこと知っているのよお。石華紋の家の子が、ヴァルバ正規軍に追いかけ回されていたのを助けて手当してくれたんですってね。薬草についても教えてくれたそうじゃない? ありがとねえ」

 シグルーンが、気さくなマダムがよくやる「あらやだ」という時の手振りをしながら、メイルに笑いかけた。

「えっ? どうして、そのことを?」

 メイルが、若干の戸惑いを見せる。

「あのとき、大老(アルター)は不在だっていってたでしょ?」

「はい。しばらく用事で、里を空けているとききました」

「私が、古代人の隠れ里の大老(アルター)なの」

 シグルーンが悪戯っぽく、メイルに向かってウインクする。メイルは驚いて、目を丸くした。

「ええっ!? シグルーンさんが、隠れ里の大老(アルター)さん!?」

 シグルーンは、メイルのリアクションに微笑んでから、続けた。

「大老代理から、水晶玉【スフィア】を使って一日の出来事を毎日報告されてるのよ。だから、メイルちゃんたちが来たことも知ってたわけ。私は今、反乱軍に所属しているから『シグルーン』って名前で呼ばれてるわ。それと、メイルちゃんが助けた男の子は、石華紋の表札のある家の子ね。元気で家族思いのいい子よぉ」

 メイルは少し考えたあとに、シグルーンに訪ねた。

「あの……なぜ、隠れ里の人たちには、名前がないのですか? 名前がないのは……呼び合う時に不便だし、悲しくはないのですか?」

 シグルーンが、そうねえ……といって続けた。

「古代人のなかで名前は、悪しきものに知られれば、相手に支配権を与えてしまう、という伝承があってね。魔神ハイドラを例にするけど、ハイドラが人の身体や精神を操る時は、名前と存在に魔術をかけるの」

 メイルが頷きながら、シグルーンの話を聞いている。

「ハイドラ級の邪な存在に名前や存在を支配されれば、古代巨像《エンシェント・メリガス》を召喚でき、魔術に長けた古代人は、とんでもない脅威になるわ。それを避けるために、隠れ里の人間は、ある儀式を行っているの」

「ある儀式?」

「古代人は、護竜の土地を司る、地の神メリガスを信仰している。生まれた時に、古代人の森で生きる最古の古代巨像《エンシェント・メリガス》に、魔除けの御紋《ルーン》が刻まれた石版をもらうの。その魔除けの模様で、個人を識別しているのよ。だからまるっきりの名無しというわけではなくて、石版は家の表札としても使われている。ただ魔除けの御紋《ルーン》の文字や発音は独特で、古代人しか発音できないし、読めもしないわ」

「そうだったんですね……シグルーンさんのお名前も、魔除けの御紋《ルーン》に関係あるのですか?」

「ええ。シグルーンという、外の世界で呼ばれるための名前には『勝利の御紋』という意味があるわ。いま在籍している反乱軍ナイトシェイドに勝利をもたらすようにね」

「ふわぁ、素敵なお名前ですねえ」

 メイルが、シグルーンの名前の由来に、感心したように目を輝かせている。

「さて、歓談も一段落したところで、本題に入っていいかね? 魔術に長けた古代人のシグルーン君の意見も伺いたいんだが……」

 エヴァン博士が、こほんと咳払いをして、ブロスを見た。ブロスが頷いて、口を開く。

「封魔の御子の代替部品には、魔術を発動させるための大量の魔石が必要不可欠だ。その大量の魔石を、小型化する術(すべ)も。集めた魔石に、魔力無効化を付与する魔術も。シグルーンさんにお伺いしたいのは、大量の魔石の試掘できるような鉱山と、魔力を打ち消す魔術についてなのですが、もしお心当たりがあったら、ご教示ただけないでしょうか?」

 ブロスの言葉を受け、シグルーンが口を開いた。

「心当たりは、あるわよ。魔石の在り処については、2つ。ひとつは反乱軍の本拠地ムーン・ソロウの『竜の間』にある魔石鉱山。でも、今は竜の間の鍵をヴァルバ正規軍に奪われ、私達でも竜の間に入れない。それに、あの魔石はドラグーンたちが武器を召喚するために使う予定。だから、候補からは外してくれると助かるわ。もう一つは、ソラリスの魔石──」

 ブロスが、『ソラリス』という単語を聞いて、驚いた表情を見せる。

「ソラリスというと……空中都市ソラリスですか。我々、エドゥアルド人の大都市があった──今はもう、滅びてはいるが……しかし魔石の鉱山の話など、聞いたことがないな」

「それはそうよ。これは、護竜の、っていうか王室の? 機密情報だもの。統都ラガシュが存在した場所の外れにある地下に、遺跡があるの。私のご先祖さまと、私しか、場所を知らないわ。ただその鉱山──いえ、『ルインプラント』と呼ばれる遺跡には、大量のルインフレームが存在している。というか、ルインフレームが造られる場所、そのもの──」

「ルインフレームが、造られる? ルインフレームは、幽界から現れる存在ではないのですか?」

 メイルが、先日戦った、おびただしい量のルインフレーム達を思い出しながら訪ねた。

「『ルインプラント』に案内してから、話すわね。ここで説明しても、リアリティがないでしょうから。時間がないって聞いてるから、さっそくだけど、魔石の確保しに行きましょう。場所は、廃墟と化した、空中都市ソラリス。私には移動手段がないから、ライドギアに乗せてくれるかしら?」

 メイルが右手を上げて「はい!」と元気よく応えた。シグルーンは微笑むと、メイルの頭に、手のひらを置いた。

「ありがとね。メイルちゃん。でも私、ブロスさんと話したいことがあるのよ。インフェルノに乗せてもらうわ」

 シグルーンが、ブロスにウインクをしたので、ブロスは戸惑ったのちに頷いた。

「構わないですよ。貴重な情報を教えてきただき感謝します」

「あら、いいのよお。私も、あなた達の力になることに、深~い理由があるから。じゃあ、行きましょうか。空中都市ソラリスへ」

 シグルーンが、ブロスとメイルに促した。

「まず、代替部品に付与する魔術の話をしましょうか。あなたが思っているより、難しくはないわ。大量の魔石を、幽世ノ陣《レグナント》化した親魔石に、無効化魔術と、自動制御の魔術を施せばいい。こうして私が言葉にすると簡単でも、それができる者が、護竜におそらく私しかいないのと、誰も方法を知らないから、難しい・不可能だと思われているのよね」

「では、魔術でなんとかなると?」

「ええ。魔術では可能よ。ただ、そういった魔力の制御を、従来の科学の力で行うのは不可能だと思うわ。科学力に長けた、詠人の末裔のあなたでもね」

 インフェルノの操縦核《ミッド・ギア》にシグルーンを乗せ、ダロネアから空中都市ソラリスに向かう、ブロスの表情は浮かなかった。

「……そうではないかと思っていました。封魔の御子は、極めて魔術的な存在で、科学で制御できる存在ではないのではないかと。あなたの協力が得られるのは、とても嬉しいのですが、一つわからないことがある。なぜ、あなたは、会ったばかりの我々に協力してくれるのですか。しかも、反乱軍への技術協力を求めるだとか、反乱軍にとっての、見返りもなしに」

「私は反乱軍の月将として協力してるんじゃないのよ。エドゥアルド人の出自に関わり深い、古代人の長として協力しているわ。反乱軍は、いわば反逆者の集団で、関係者は常に鎮圧や処刑と隣り合わせなわけでしょう。反乱軍に利があるからと言って、護竜にとっての優秀な人材を、自由意志の選択もなしに、軽率に戦いに引き込んではいけないと私は思っている。正規軍に在籍する娘を持つエヴァン博士や、あなたにだって守るものと立場があるでしょうから」

「ご配慮、痛み入ります……」

「それとは別に、昔、ある人物と約束をしたのよ。世界を守りたいのなら、あなた達の助けになるようにってね」

「……それは、誰です?」

「おいおい話すわ。私も、あなたに質問があるのよね。いいかしら?」

「構いませんよ」

「メイルちゃんは、あなたの手で人工太陽《ルインファルス》の部品にされる予定だったのでしょ。あなたがなぜ、学者としての大義や職務を捨てる気になれたのか。なぜ、封魔の御子であるメイルちゃんを助けて、ダロネアまでやってきたのか──反乱軍の人間としては、そのあたりのあなたの心理に興味があるわね」

 ブロスは、シグルーンと目を合わせずに答えた。

「……私が軍で、今までしてきた働きを思えば……反逆的で非生産的な行動だと、自分で思う。でも……自分の中にくすぶっていた、忘れたと思っていた想いに突き動かされて、気がついたら行動していた。昔は真実だと信じていたが、自分からは、なくなってしまったと思っていたもの……」

「……それは、愛かしら?」

 シグルーンの問いに、ブロスは応えない。自分の中で、答えを探しているようだった。

「──その想いによる行動がきっかけで、今、世界が滅びずに済んでいる、といったら、あなたは信じる?」

「……逆では? 私は世界に対して、自分の感情を優先し、取り返しのつかないことをしてしまったと思っている。たとえそれが、メイルのためだとしても」

 ブロスが怪訝な表情で、シグルーンを見た。

「メイルちゃんが確保されて、そのまま人工太陽《ルインファルス》の部品になっていたら……例えばこんな未来も考えられるわよ。メイルちゃんの中の『ハイドラ』が、衛星兵器でもある人工太陽《ルインファルス》の制御権を奪い、無慈悲な攻撃で地上を焼き尽くしていたとしたら……? そういう未来を実際に『視た』人間がいるのよ」

「未来を『視た』? まさか…それは…」

「そう。あなたの友人であり、メイルちゃんの父親でもある、ヴァラッドよ。千里眼の『デウスの眼』で、その未来の一端を視たと言っていたわ。「ハイドラを内包した状態のメイルを生贄にさせないことが、世界を守ることになる」と。彼はその後、正規軍に捕まっても、メイルちゃんの居場所を決して吐かず、伴侶であるセムと一緒に、軍で14年にわたる拷問に耐えていた……なかなかできることじゃないわね」

「そうだ……私がもっと早く、二人を助けるために行動していれば……」

 ブロスが慚愧するように、唇を噛む。

「『ブロスという人物が、自分が信じている通りの人間なら、必ずメイルを助けて夜都ダロネアに現れる。そうなったら、助けてやってほしい』と、彼は14年前、私のもとにやってきて協力を求めてきた。彼は私が知りたい未来の情報を、幾つか提供してくれたから、私は彼に協力することにした。結果、現実は、その通りになった」

「……ヴァラッドは、私がこうする事を、信じていたのか」

「そう。あなたの中で、ずっとくすぶっていたもの──あなたの『愛』を、あなた本人よりも、友人として強固に信じていた。その愛がきっかけで、今も世界は続いているのかもしれない。一般的に見たら、あなたの行動は許されることじゃないけれど、でも私、あなたみたいな人間は嫌いじゃないわよ。世界の均衡は、誰かの愛が無数に集まって、保たれてるものだと思うから」

 シグルーンがそう言って、ブロスに微笑んだ。

「……それは、あなたの人間性を感じさせる考え方だな」

 ブロスは、自分が失ったと思っていた想いを、心のなかでなぞっていた。

 護竜の上空にある空中都市ソラリスは、元は壮麗だったに違いない建造物が退廃的な美しさを保ったまま、朽ちていた。人の気配はない。シグルーンは、ソラリスの首都である統都ラガシュにライドギアを着地させるよう、ブロスに指示した。ラガシュの地下にある遺跡の在り処に、二人を案内する。

「ここが空中都市ソラリスの、首都・統都ラガシュかあ。大きな街だったんですねえ……あのう、シグルーンさん、訊いてもいいですか?」

 メイルが、あたりを見回しながら、傍らに立つシグルーンに訪ねた。

「ライドギアの中で、ブロスさんと、どんなお話をしていたのですか? なんだか、ライドギアに乗る前より、お二人の間の雰囲気が柔らかくなってるような気がして……」

 シグルーンが、にっこり微笑む。

「そうねえ。『愛』のお話よ、メイルちゃん。聞きたい?」

 シグルーンがブロスに密着しながら、含みをもたせた言い方をしたので、メイルは慌てて首を振った。

「アッ、大丈夫です! ごめんなさい!」

 シグルーンは統都ラガシュの地下に続く、隠し扉に触れる。石造りの扉に、淡い光が奔った。ガコン、という音とともに扉が開いた。遺跡の中は広く、高い天井と壁には、魔力エネルギーの光が、規則的な軌道で奔っている。

「ここから先には、ルインフレームの軍勢がいる。戦闘の準備を怠らないように、すぐにライドギアを召喚できるようにしておいた方がいいわね」

 シグルーンはそういうと、高い天井に届くような鉄の古代巨像《エンシェント・メリガス》をその場で召喚した。

「鉄巨像《アイアン・メリガス》のサイズならば、私もルインフレームと戦えるわ」

 シグルーンがそう言い終わらないうちに、遺跡の奥から数機のルインフレームがやってきた。侵入者の存在を感知してやってきたようで、両眼が警戒色の赤に点滅している。

 ブロスとメイルも、インフェルノとスペリオールラグーンを召喚。ルインフレームを迎撃する。夜都ダロネアで戦ったルインフレームと、戦闘力に差はないようだった。ライドギアの呪文を数発打ち込むと、爆発し、欠片もなく消えた。

「ルインフレームの背に群生してるのは、魔石でしょうか? クラスター水晶の原石に似ていますね。あれが大きいほど、戦闘力が高い気がします」

 メイルがそう言うと、ブロスが応えた。

「ルインフレームは、収集した魔力を、背中に群生する、魔石のクラスターに蓄積させている。魔石が大きいほど、強力な魔術を使えるから、その分強敵だ。魔石のクラスターが大きいルインフレームには注意しろよ、メイル」

 メイルは、わかりましたと応えると、向かってきたルインフレームに光柱を浴びせた。シグルーンの鉄巨像《アイアン・メリガス》と、ブロスのインフェルノ、メイルのスペリオールラグーンの戦力で危なげなく倒せるルインフレーム達だった。戦闘を終えて、メイルは安心して胸を撫で下ろす。

 薄暗い遺跡の通路を進んでいく、大きな仕掛け扉があった。シグルーンは仕掛け扉の魔石に、ある順番で触れると、色の違った魔石が全て青色に変わった。仕掛けが解除される。すると、大きな扉が、石埃と共に開いた。

「わあっ。これは、全部、魔石ですか? 魔石のプールだ!」

 メイルが思わず感嘆の声を上げる。

 赤い液体に沈まった、薄闇で発光する魔石の塊。魔力《マナ》の粒子を放ちながら、石造りの大広間の中に、魔石がくまなく群生している。メイルは、ライドギアを指輪に収納した。赤い液体のプールにしゃがみ込み、足元のポイント状の魔石をポキリと折る。それを目の前に持っていき、しげしげと眺めた。真紅の魔石は、うっとりするほど美しい。

「本物の、魔石ですよ!」

 メイルは、背後にいたブロスとシグルーンに、嬉しそうに呼びかけた。

「そう、本物の魔石よ。これを幽世ノ陣《レグナント》化して持ち帰るわ。その前に、中央の魔法陣を解除するわね。あの赤い魔法陣が、ルインフレームを召喚する魔術なの。ここにある魔石をエネルギーに、半永久的にルインフレームが召喚され続ける忌まわしい魔術──」

「誰かが意思を持ってルインフレームを召喚してるってことですよね。一体誰がこんな魔術を……ひえっ!!」

 メイルは、何気なく足元に視線をやり、赤いプールの中に沈むモノを見てしまった。プールの中で眠っている、ルインフレームの群れ。

「ルインフレームを生み出す遺跡、ルインプラント。ここで護竜の王族にのみ許された禁術を使い、幻魔である魔術騎兵ルインフレームを召喚しているのは……護竜の若き皇帝テオ=テスカよ」

 ブロスは納得したようにうなずいた。

「……やはりそうだったか。呪われし太陽の維持のために、ルインフレームを使って人を襲わせ、人体から魔力《マナ》を収集。ルインフレームの非情な所業を、皇帝は、我々エドゥアルド人が招いているという言説を流布させていたのだな……」

「そう。この現場を記録スフィアで押さえて、反乱軍に持ち帰るわ。反乱軍の正当性がより強固になるし、ここを破壊すれば、もう夜の護竜に、ルインフレームは現れなくなる」

 シグルーンが記録スフィアで大広間の映像を記録する。その後に、シグルーンが解除魔術を展開させると、大広間の中央にある魔法陣が弾け、部屋中に赤い光が奔った。シグルーンの魔術が、皇帝の魔術を打ち消しているらしく、幾千も閃光が瞬いた。

「私達、古代人は太古、高い魔術の素養を生かして、護竜の王族に仕えていた。王は『強力な兵士』と『奴隷』を欲していた。そこで、私の先祖は、『強力な兵士』『奴隷』両方の要求を満たせる、魔術の素養が高く強力なライドギアを操ることができる奴隷『エドゥアルド人』を魔術で作り出した」

「私達は、護竜の王族の奴隷として生まれたんですか……!?」

 メイルがショックを受けたように、そう呟いた。シグルーンが応える。

「……当時の護竜皇帝の、エドゥアルド人への扱いは目に余るほど酷かったそうよ。彼らの意思を無視して、命を弄んでいた」

「……」

「……エドゥアルド人が、自分たちを救う人工の神を求めて造り出し、支配から逃れようとするほどに。魔術の素養と知能も高かったエドゥアルド人は、奴隷という立場を利用して王室で情報収集をし、秘密裏に人工神・ノヴァエラを造り、人工太陽《ルインファルス》、空中都市ソラリス、衛生兵器群《スターゲイザー》を手にした。それらを駆使し──王に代わって地上を支配していた時代があったの。それが、あなた達エドゥアルド人が、地上で忌避されて迫害されている理由よ」

 メイルは息を呑んで、ブロスを見た。ブロスは、まるでそのことを始めから知っていたように、落ち着き払っていた。

「エドゥアルド人は衛生兵器群《スターゲイザー》で、地上を恐怖で支配した。事の大きさに気がついた私達古代人は、王族の奴隷として、あなた達を造ったことを悔いたわ。責任も感じた。だから、古代人の古代魔術で、まず人工太陽《ルインファルス》を消滅させた。それから、封魔の魔術を施したエドゥアルド人の女性・封魔の御子に、ハイドラ化したエドゥアルドの王を封じた。最後に、空中都市のソラリスに、王をなくし統率を失った地上のエドゥアルド人を追いやり、「特別な理由がない限り、二度と地上に降りないこと」を約束させたの」

「……封魔の御子って、その頃から、いたんですね」

「ええ。以来エドゥアルド人は、代々、封魔の御子を『ハイドラを内包する危険な忌み子』として扱ってきた」

「その最新版が…私…」

「ショックかもしれないけど、それが事実よ。少し待ってて、この大広間の魔石を幽世ノ陣《レグナント》化し、メイルちゃんの中に封印して、持ち帰れるようにするわ」

 シグルーンが、魔石の幽世ノ陣《レグナント》化を終える。メイルを呼び寄せ、メイルの中に魔石の幽世ノ陣《レグナント》を封印した。シグルーンは、時限式の小型爆弾を衣装の胸ポケットから取り出すと、魔石がなくなり、がらんどうになった大広間の壁にセットした。

「このルインフレームが眠るプールは、残しておいてはいけないから、跡形もなく破壊していくわ。さ、早いとこ脱出しましょう」

 シグルーンが設置した小型爆弾が作動し、タイマーのランプが点滅している。

その瞬間、真紅の魔法陣が大広間に浮かび上がった。

『──護竜の王への反逆行為もそこまでにしてもらおうか。『裏切り者の古代人』の大老(アルター)、シグルーン。『元奴隷』のエドゥアルド人ども。目論見通り、魔石をエサにしておいたら、まんまと罠に喰い付いてくれたな。俺は愉快だぞ』

 大広間に、怜悧な嘲笑が響く。漆黒の呪鎧に身を包んだ美貌の青年。薄暗い大広間に、護竜の若き皇帝テオ=テスカの、遠隔魔術による立体像が浮かんでいた。

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