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蒼鋼のドラグーン メイル編 第一章 - 12

第十二話 封魔の御子

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 メイルとブロスはライドギアを駆り、重症を負った反乱軍石月将シグルーンを連れ、夜都ダロネアに戻ってきた。

 ブロスは、街はずれにライドギア、インフェルノを降ろすと、指輪に収納する。即座にシグルーンを背に抱え、反乱軍の衛生班が駐屯する遺跡に急ぐ。ブロスの背で、ぐったりと脱力しているシグルーン。「シグルーン様!?  何事ですか!?」そういって医務室にいた衛生兵が容態を慮る金切声をあげた。

「彼は、我々の研究に協力してくれた際に、護竜皇帝に遠隔古代魔術で呪術をかけられたのです。その状態で、我々を助けるために無理やり強力な古代魔術を使ました──、それによって身体中の魔術回路が激しく損傷している状態です……」

「なんですって!? それにシグルーン様ほどの古代魔術に長けた使い手が、ここまでの重症を負わされるなんて──、一体相手は何者なんです!?」

 軍医が声を荒げる。

「彼に呪術をかけたのは護竜皇帝です。メイルの封魔の血を飲んだことにより、多少症状が緩和されたように思うのですが、シグルーンさんの容態は──」

 ブロスが的確に詳しい状況説明を行う。古代魔術にも精通する軍医と、反乱軍の衛生兵と治癒術士に、シグルーンの容態を尋ねた。二人は顔を見合わせると、深刻な表情を浮かべて、ブロスに応える。

「シグルーン様が、護竜皇帝にかけられた古代魔術は、二種類だと解析できます。身体を巡る魔術回路を破壊する高位の古代呪術。呼吸により魔力を生み出す肺を圧迫し、物理的に傷を蝕む古代魔術。これらが、解き解せない密度で複雑に絡まり合って発動していて、さらに術全体に解除を施そうとする者に同様の呪いをもたらす自動魔術がかかっている。うちの治癒術師の術力では、ここまで強力な呪いの解除は、とてもじゃないが、危険で行えない──だろ?」

 軍医はそういって、治癒術士の顔を見た。

「ええ。この呪術の解除は危険を伴います。護竜皇帝は、護竜で最高位の魔術師(ウォーロック)です。その呪術を解除できる魔術師というと、同じく最高位の宮廷魔術師のシェリーくらいしか護竜には存在しないでしょう。しかし、『古(いにしえ)の魔女』と呼ばれる敵陣営の魔女が、我々反乱軍の治療に協力してくれるわけもない。私レベルの術師では、心苦しいのですが、呪いの解除や治療は不可能です……」

 医務室の寝台に横たわり、苦しそうに呼吸するシグルーン。その様子を見つめながら、医療術士は悔しそうにうなだれた。

「……ときに、そちらの少女が『封魔の御子』だというのは、本当なのか? この世のあらゆる魔術や魔力を中和し、無効化するという──、封魔の御子の血液から薬を作り、呪いに蝕まれた臓器や、血中に薬を注射するなどの処置をとれば、あるいは──!」

 軍医が、切迫した双眸でメイルに頭を下げ、血液を提供してくれないかと頼み込む。反乱軍において、強力な古代魔術を扱うシグルーンが戦闘不能になるのはかなりの痛手なのだろう。軍医と治療術士、衛生兵たちには、シグルーンの治療に必死に取り組もうとする、真摯な意志があった。

「わかりました。シグルーンさんが助かるのなら、私にも協力させてください。よろしくお願いします」

 メイルが軍医と治療術士、その場にいた衛生兵たちに頭を下げる。軍医が言いにくそうに、「ただ、血が大量にいるんだ」と、続けた。

「血流にのって末端まで行き届く薬の量というと、君の血液を大量に使うことになる。君が貧血状態になった場合。君と同じ血液を持つものから輸血を行たいとするとき、君の体質的に輸血という行為は大丈夫なのだろうか?」

 軍医は真剣な表情絵メイルに訪ねたが、メイルはそのような経験がないので、戸惑った。

「……メイルの血が不足した際、輸血できる人間には心当たりがある。すぐ輸血も可能だ。それに関しては、心配しなくともよいでしょう」

 ブロスがそう答えると、軍医の表情が明るくなった。

「おお、そうですか! ではさっそく協力してもらえるかい? 採血して薬を調合しよう」

 軍医はそういうと、メイルから血液を採取する準備を、周囲の治療術士、衛生兵たちと共にてきぱきと行った。ブロスがその様子を見ながら、険しい表情で軍医に告げた。

「ただ、一点気をつけてほしいことがある。メイルの体内の封魔の血があまりに不足した場合、メイルに封じてある魔神の分体が目覚める可能性がある。そうならないように採血の量は、メイルの生命維持や魔神への影響がないように、必要を満たす量だけにしてほしい」

「封魔の御子のことは、伝承で少し知っています。魔神を目覚めさせないよう、メイルちゃんの生命維持への支障もないようにしてみせます。ご安心ください。ところで、メイルちゃんとあなたは、どういうご関係で?」

「私はメイルの保護者のようなものです。メイルの亡くなった両親から、彼女をそばで見守り、助けるように言付かっているのです」

「なるほど……しかし、メイルちゃんの両親がなくなっているとなると、メイルちゃんに輸血が必要な場合の心当たりとは? メイルちゃんにはご兄妹がいるのですか?」

「それはあとで話します。続けてください」

 ブロスがそういって、メイルへの採血などの処置をうながすと、軍医と治療術士は忙しく動き、薬の調合の準備を始めた。

 数時間後、メイルの血液から作った、身体を蝕む呪術への治療薬(血流に乗って臓器に至る薬が、臓器への呪術を中和し、薬に配合される霊薬(エリキシル)の成分が、呪術によって傷ついた人体組織を再生、治癒させる)を投与されたシグルーンは、顔色に血色が戻り、苦しそうな呼吸も、だいぶ落ち着いていた。

「ありがとう……だいぶ楽になったわ」

 シグルーンが、苦しそうな声音だが、傍らの軍医と医療術士、衛生兵らに礼を言った。

「蘇生された身体の組織は、呼吸や運動によって、しばらくは痛むでしょうが、ここまで回復すれば命への別状はなく安心ですよ、シグルーン様」

 軍医はそういうと、ほっと胸をなでろす。治療を終える頃には、時計は深夜を回っていた。

 薬の調合に血液を提供したメイルは病室の寝台で眠っている。メイルが貧血を起こしたので、軍医がメイルを寝台に寝かせて、輸血を施したのだった。メイルは気を失っていて、そのことを知らないが、メイルに血液を提供した人物は、その場にいたブロスだった。

「あなたがメイルちゃんの血縁の方だったのですか──でもなんだか、複雑な事情があるのですね。メイルちゃんには、血液提供者があなただと知らせないほうがいいですか?」

「そうしてくれると助かります。私のことは、ただの保護者のような存在だと思っていてほしいですから」

 ブロスは、医務室で眠るメイルを見つめながら、そう応えた。

 メイルは貧血で意識を失ってから、夢を見ていた。
 古代の栄華を極めたエドゥアルドの王朝。王座にいる壮年の男性は、どこが寂しそうな横顔をしていた。この人は、エドゥアルドの王だろうか?

 あるとき、王は、静かな人格が一変、暴君と化した。星空に無数にある衛星兵器で地上を支配。のちに、護竜のもう一つの王朝の王に倒される。王は、唯一、王宮で心を開いていた、使用人(メイド)の女性の中に封印された。

 封魔の魔術を施され、封印の器になった使用人(メイド)の女性が、初代の『封魔の御子』だった。王と心を通わせていた彼女は、変わり果てた王を封印するための役割を、その身を捧げて買って出たのだ。

 彼女──封魔の御子の身体の中に封じられたのは、魔神に操られて自我を失い、魔神の分体と化したエドゥアルドの王である。

 王をその身に封じ、封魔の御子となった元使用人(メイド)の女性は、王と子を成しており、その子が次の封魔の御子として王を封じる役割につくと、元使用人(メイド)の女性は惨たらしく殺された。王の怒りと悲しみが、烈火のようにメイルに伝わってくる。

 メイルは、王の意識で感情を感じながら、夢を見ている。

 王を身体に封じた『封魔の御子』は、忌み子として疎まれ、人気のない場所に幽閉されたり、魔神の一部という扱いで、酷い扱いを受けてきた。封魔の御子への迫害が代々続くさまを、メイルは王の視点で延々眺め、怒りと悲しみに共感していた。

 王からすると、唯一心を通わせた使用人(メイド)との間にできた子孫がひどい目に遭い続けているので、その悲しみの深さは計り知れない。

 王の記憶が、近代まで迫る。その記憶の中の一つに、メイルは意識を取られた。自分の母である、セムの身体に封じられていたときの、王の記憶。

 メイルの母セムもまた、封魔の御子としての存在を忌避され、牢屋に幽閉されて育った。時折牢を抜け出して友達を遊んでいたが、警備が厳重になり、それも叶わなくなる。セムが年頃になると、看守は美しいセムを無理やり犯すようになった。セムと王の生々しい苦しみの感情に、メイルは胸が押し潰されそうになる。

 長年幽閉された牢を逃げ出し、セムが都市で初めて出会った男性が、ブロスだった。ブロスはセムの心の傷を癒やすように優しく接していた。あるとき、都市で軍人をしていたブロスに、特攻任務が命じられる。ブロスは生きては帰れないであろう死地に赴く事になった。

 セムは戦場の最前線までライドギアを駆り、ブロスを追った。そこで敵に囲まれて瀕死のブロスを、封魔の能力を使って助けた。それを引きかえに、セムは重症を負い、ブロスのことを含めた全ての記憶をなくしてしまった。

 セムが表層意識で無くした記憶を、セムの深層心理の奥底で、失わないようにずっと保ってきたのが、エドゥアルドの王だった。セムはブロスの記憶をなくしてから、自己のあり方に悩み、ブロスを冷たく突き放し、二人は破局した。セムはその後、幼馴染のヴァラッドと結ばれ、メイルが生まれた──はずだった。

 だが、メイルの意識に流れ込んでくる、セムの心に強くわだかまった感情。元恋人ブロスへの強い想いだった。セムの心の奥にいるドゥアルドの王が、セムの大事な記憶が消えないように、深層心理からここに大事なものがあると訴えかけるように、セムが表層意識から無くした記憶を、王が深層心理の奥で保ち続けていた。

 王が保っている、セムからみたブロスの記憶は、どれも優しいものだった。ブロスがセムに向ける双眸はとても優しく、セムを本当に愛していたのだと思う。

 ブロスの記憶を思い出すたびに、セムの気持ちと同調して、メイルの鼓動は激しく脈打った。ブロスに愛されていたときの気持ち。身体が触れ合い、想いが通じ合っていたときの温かくて幸せな気持ち。ブロスが好きだという真っ直ぐな思い。

 それは、現在のメイルの感情と重なる心地でもあった。セムの記憶や感情を、生々しく追体験することによって、呼び起こされるセムの感情。夢でありながら、あまりの現実感に、メイルその感情を自身のものだと錯覚しそうになっていた。

『子供の名前ね、ボクはメイルがいいと思うな』

 自分のことをボクと呼んでいる、記憶をなくす前のセムが、ブロスに語りかけている記憶。

『スノウメディウムの花が、《真実の愛(メイル)》っていうんだ。ほんとうの愛のあるところにしか咲かない花。ボクとブロスの赤ちゃんにぴったりだと思う』

 メイルは、心臓を掴まれた心地になった。

 スノウメディウムは、ジムダルが花園で大事に育て花を咲かせていた花樹だ。スノウメディウムを見て喜ぶメイルを見ながら、嬉しそうにしていたジムダルのことを思い出し、その愛情の意味を知って、メイルの双眸に涙が溢れた。

 ブロスさんが、私の本当のお父さん? それとも、お母さんがブロスさんと別れたあとに、お父さんとお母さんの間にできた子供が、わたし?

 メイルは混乱した。ただ、父であるヴァラッドは、「自分はメイルの本当の父親ではない」「本当の父親のブロスが、メイルを放っておくはずがない」といっていた。

 そこから考えられる真実は一つだけで。

 母はブロスを深く愛していて、ブロスも母を深く愛していた。二人に望まれた子供の名前はメイルといって、《真実の愛》という意味のある、スノウメディウムの花の名だ。メイルが毎年、ジムダルの花園で、咲くのを楽しみにしていた花。スノウメディウムの花が咲いて喜ぶメイルをみて、育ての親のジムダルは、目を細め嬉しそうに微笑んでいた。これらの記憶がメイルの胸を打つのは、そこに深い愛があるからだと思う。

 自分を命がけで助けてくれたブロスへの、自分でも気づいていなかった淡くあたたかい思い。それは、セムがブロスに向けていた、出会いの頃の感情とそっくりだった。次第にその愛が深まっていく様子を追体験して、メイルはセムがブロスに向ける愛情を実感すると同時に、メイルとしてブロスに失恋してしまった心地になって、涙ぐんだ。

「ブロスさんが好きだって──わかった瞬間に失恋してしまいました……ブロスさんは、お母さんを愛しているから──ブロスさんは、私の本当のお父さんだから、私のことを命がけで助けてくれたんですね」

『そうやで。おんしはそのことを、忘れたらあかんで。おんしの母ちゃんはちゃんと、父ちゃんを愛してたって、父ちゃんに伝えたり』

 気づくと、眼の前に、異形のメイルがいた。

 青白い皮膚に、白目が黒く塗りつぶされ、背後にうねうねと動く触手を生やしている。足元には底なしの水が溜まっており、二人のメイルたちは、くるぶしまで水に浸かっている。これが、封魔の御子に封じられ、代々の封魔の御子の大事な記憶を保ち続けてきたエドゥアルドの民の王の、今の姿。

 この、もう一人のメイル──エドゥアルドの民の王は、魔神ハイドラの分身でもある。しかし、不気味だが、不思議と温かい感じもする。メイルはもう一人の自分に、矛盾した感情を抱いていた。

「あなたの目的は──、なんなのですか?」

「ワイはな、ワイをその身に封じてしまったばかりに、ひどいめに遭わせてしまった、昔の女の面影が忘れられんのよ。その女との赤子であり、子孫である封魔の御子のおんしらが酷い目に遭うのも本当にしんどい。幸せに生涯を終えた、封魔の御子なんて、今まで一人もおらんかったからの。ワイは、ワイの昔の女の忘れ形見の子孫たちを、幸せにしてやりたいだけや」

「封魔の御子の、しあわせ?」

「そうや。ワイは、メイルちゃんの味方やで。メイルちゃんは、孫の最新版みたいなもんやからね。メイルちゃんの幸せを邪魔する輩がいるなら、おいちゃんが根こそぎ、真っ平らにしたる。以前メイルちゃんを追い詰めとった、あの陰険なヘルダー大佐を処してやったのもこのワイや。そしてな、幸せってもんはな、大事に感じる心がないと、するっと、のう(無く)なったりするもんなんや。だから。メイルちゃんが持ってる幸せを、幸せだって感じる心を持つことが、幸せってことなんやで」

「なんだか……わかる気がします。幸せは、心の問題なんですね」

「せや。メイルちゃんがいま感じられる大きな幸せは、あの、優しい本当の父ちゃんやろ。ブロスのおいちゃんを、大事にしたれよ」

「は……い……」

 メイルの瞳から、なぜだか、涙が一筋流れた。嬉しいような、悲しいような気持ち。

「ああ──ブロスのおいちゃんは、メイルちゃんの、初恋相手やったんか」

 もう一人のメイルは、自身の複雑な感情に翻弄されるメイルに共感するように、うんうんと頷きながら言った。

「そら複雑やな。でも、初恋相手でも、父ちゃんでも、どっちにしろ大事やねんから、二人で幸せにならんとあかんよ。今度こそ。おんしの母ちゃんは、最期まで意地張って、それができんかったが、メイルちゃんならできるって信じとるで」

 メイルは、突然もう一人のメイルから寄せられた信頼に戸惑っている。

「じゃ──ワイは言いたいことも言ったし、ワイはまた、メイルちゃんの深層心理の底に沈んどくからの。メイルちゃんの人生の邪魔はせえへんよ。安心しいや。じゃあの!」

 もう一人のメイルは、親しげに片手を軽く挙げるジェスチャーを見せる。背中からわんさと生やした触手に包まれて、暗闇の足元の水にチャポンと吸い込まれていった。

 メイルのいた空間が徐々に明るくなり、メイルは目を覚ました。

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