夢 幻 劇 場

[個人創作ブログ/イラスト/小説/漫画・他]

蒼鋼のドラグーン メイル編 第一章 - 6

第六話 両親を救え2

≪前の話へINDEX次の話へ≫


 ヘルダー大佐は操縦核《ミッド・ギア》の中で、胸を負傷し、吐血しながら気を失っていた。  メイルもまた、スペリオールラグーンの中で気を失っていたが、負傷した腕と脚の痛みで目を覚ました。

「……うう……私は、ヘルダー大佐と、戦っていて、それで……」

 やけに後味の悪い感覚だけがメイルに残っている。  人の大事なものを破壊して、奪ってしまったような……。  目の前には、破損したヘルダー大佐のライドギア、ヴィオーラが墜落している。

「──メイル、無事か!? ヘルダーを倒したのか?」

 突然繋がった通信で、ブロスの顔がアイ・ウィンドウに映り、メイルは我に返る。

「……いえ、それが、覚えていないんです。ヘルダー大佐のレグナントで気を失って、気がついたらこうなっていました」

「……そうか。ヘルダーが気絶して、ヴァラッドの洗脳も解けたらしい。今は気を失って、私の操縦核《ミッド・ギア》の中にいる」

「本当ですか!? お父さんは無事なんですね……よかった」

 メイルは後味の悪い感覚を意識の奥に追いやった。  ブロスが見せた操縦核《ミッド・ギア》から父の安全を確かめると、ほっと胸をなでおろす。

「……俺とカレンデュラが、封魔の御子に敗れるとは……だが、お前ら、建物を破壊して施設に入っていくなよ。お前らが破壊したメインゲートの修理費もばかにならないんだ。俺はお前たちに負けた身、ドラゴ様のもとへ案内してやる……セムも人質としてそこにいる、そこへ向かう間に、せいぜい考えを改めるんだな……」

 墜落したヴィオーラの操縦核《ミッド・ギア》の中で、意識を取り戻したヘルダー大佐。

 メイルとの戦いで負った傷で息も絶え絶えの様子で、メイルとブロスの通信に割り込み「ついてこい」と促した。

 周りの軍人たちは、ライドギアに乗ったま、攻撃の体制を崩さず、ピリピリした緊張感を放っている。

「手を出すなよ。不本意だが、封魔の御子とブロスは、ルインファルス計画に必要な人材だ」

 ヘルダー大佐が、背後のライドギア部隊と警護に当たる軍人たちに声を掛けた。軍人たちが敬礼し、ヘルダー大佐の通る道を一斉に空ける。

「私も元は軍属の身だった、軍に無益な被害は出したくない。セムを助け出して、失礼する」

 ブロスは、インフェルノの操縦核《ミッドギア》にヴァラッドを寝かせたまま、ライドギアを指輪にしまった。メイルもそれにならう。

 ヘルダーはよろけながらブロスとメイルの前方を歩き、施設内へと二人を促した。施設内の士官たちは、驚いた目で負傷したヘルダー大佐、封魔の御子であるメイル、元軍属学者のブロスを見ている。

 近代的な意匠の長い通路のなか、天井が吹き抜けになった、四方が巨大な水槽に囲まれた室内演習場にたどり着く。

 室内訓練に使われる広大な施設。海に面する要塞都市ジヴラルタの基地は、地形をそのまま利用した美しい建築が施されていた。

 青みがかった薄暗い照明に、巨大な水槽の水の光が、床に木漏れ日のように揺れる。室内演習場の中央から垂れ下がる頑丈な鎖に、四肢を繋がれた女性がいた。

「セム!」

 ブロスが思わず、声を上げる。

 セムと呼ばれた女性は、ブロスと、娘のメイルに視線を向けた。  ブロスとメイルの姿を確認して、セムは瞳にうっすら涙を浮かべている。口に、自殺防止の拘束具をはめられていたので、言葉が発せないようだった。

 セムから少し離れた場所で、ドラゴ将軍が、人工太陽《ルインファルス》計画の資料を読みながら、備え付けられた椅子に座っている。

 手元の端末には、人工太陽《ルインファルス》の部品がセットされる予定の、動力炉の画像が表示されていた。

「ドラゴ将軍。ヘルダー大佐が……」

 ドラゴ将軍の横から、よく通る声が響く。

 メイルと同い年くらいに見える、顔にあどけなさの残る少年の声だった。ヴァルバ  正規軍の軍服を着ている。あどけなく見えても軍人なのだろう。背筋を伸ばし、真っ直ぐ立つ姿が凛としていて、深く青い瞳が印象的な少年だった。

「ドラゴ様、大変申し訳ありません。俺は負けたので、封魔の御子とブロスを連れてまいりました」

 ヘルダー大佐が、出血で震える片手を挙げて、ドラゴに敬礼する。

「見ればわかる。医務室へ行っていいぞ……いや、いま人を呼んでやる」

 ヘルダーはドラゴに報告すると、どさりとその場に倒れた。

 すぐに医務班がやってきて、ヘルダーを医務室に運んでいった。ドラゴ将軍は、手元の資料に目を向けたまま、ブロスに言う。

「ブロス。お前の助手のリーゼが、封魔の御子を使わない代替部品の開発を提案して、こんな資料を渡してきたんだが、お前の入れ知恵か? 今更、方向転換など何を考えている。出来るかもわからない代替部品開発で、人工太陽《ルインファルス》の完成を遅らせるなど」

「私は、メイルを人工太陽《ルインファルス》の部品に使うつもりはない。それに、今日は仕事の話をしにきたのではない。私はメイルの両親を助けに来たのだ。セムの拘束を解け。ここでライドギアを召喚してもいいのだぞ」

 ドラゴ将軍が、リーゼから受け取ったという資料から、視線をブロスに移した。

「お前の反逆行為を不問にしてやる。引き続き、ルインファルスの開発に従事しろ。いますぐルインファルスに向かって、そこの封魔の御子を部品にしてこい──降魔の御子……リュウ少尉も、準備はできている」

 リュウ少尉と呼ばれた少年は、感情の読めない海のような目を、ブロスやメイルに向けている。

「リュウ少尉は、おまえの息子だろう。我が子を部品にすることに葛藤はないのか?」

 ブロスの声音には、非難が含まれている。

「葛藤で、息子が救われるか? 部品にならなければ、護龍の民になじられ、居場所などなくなる。お前らのように反逆したり逃げ回っても、何も現実は変わらん。リュウ少尉はその現実の中で、自分自身にできることを選択した。俺はその選択を尊重するだけだ」

 ドラゴ将軍が、感情の抜け落ちた顔でブロスを一瞥した。

「お前の気がかりは、封魔の御子を部品にすることか? お前が横恋慕しているセムの娘だから、セムにどう思われるのか気になるのか? そんな心配はいらんぞ、セムは十四年も軍を欺いた反逆者だ。近いうちにヴァラッドと共に処刑する」

 ブロスの表情が、怒りを帯びる。

「私は、絶対に、代替部品を作る。メイルも、リュウ少尉も、部品にはしない。だから、メイルは人工太陽《ルインファルス》計画に必要ない。お前が、ヴァラッドやセムにした拷問も、すべて非道なだけの無為な行為だった。お前がした残酷な行為の数々を詫びろ、メイルに! ヴァラッドに! セムに!! お前が殺してシリンダー化させた、メイルの祖父ジムダルは、もう帰ってこないんだぞ──!」

 ブロスが、ドラゴ将軍に掴みかかる。ドラゴ将軍は、表情一つ変えなかった。

「クソガキが延命していた間に、捧げられた生贄の命も、帰ってこないがな。それにしても、おまえに、俺に反逆する勇気が残っていたとは、正直、驚いたぞ。もっと完膚なきまでに、心をへし折っておくんだった」

 ドラゴ将軍が、ブロスの顔を拳で殴りつけた。

「やめてください!! ライドギアを召喚しますよ!!」

 メイルが、ブロスをかばうように、ドラゴ将軍の間に入った。

「いい度胸だな、クソガキ。お前自身はどう思っている。お前の選択次第では、ブロス、ヴァラッド、セムを助けられる可能性があるとしても、人工太陽《ルインファルス》の部品になることを拒否するのか?」

「!!」

「ブロスの反逆罪は、俺からの処罰で済ませてやろう。ヴァラッドとセムには本来、処刑措置がとられるが、終身刑くらいにはしてやれる。お前が、さっさと部品になればな」

 メイルはヘルダー大佐との戦いで覚悟を決めた。迷わずドラゴ将軍に応える。

「私は、ブロスさんが人工太陽《ルインファルス》の代替部品を作れるって、信じています。だから、ブロスさんの言ったように、あなたがお父さんとお母さんとジムダルにした残酷な行為は、必要のないことだったんです……! わたしは両親を助けて、ブロスさんに協力します! その邪魔をするなら、何度でも戦います! それに、そうすれば、あなたの息子さんだって、部品にならなくてもいいはずです……」

「知ったふうな口をきくなよ、クソガキ。その代替部品の開発に何年かかる。その間にも、生贄は呪われし太陽に捧げられ続けるんだぞ。それには、知らんふりか? 虫唾のはしるクソガキが。そこに繋がれてるセムを、今殺したっていいんだぞ」

 ドラゴ将軍が、手元の端末をいじると、セムが呻き声をあげた。

 手足を拘束されている鎖から、電流が流れる仕組みになっているらしい。セムの呻き声が、だんだん大きく悲痛になっていく。

「や、やめてくださぁい!!! お母さんに酷いことをしないで!!」

 メイルが見かねて、ドラゴ将軍の持つ端末を奪おうとする。

「あう!」

 ドラゴ将軍に容赦なく蹴られるメイル。 床に転がり、メイルは痛みでその場にうずくまった。

 その間にも、ドラゴ将軍は、端末でセムに電流を流し続けている。

「貴様!! いいかげんにしろ!!」

 ブロスが、再びドラゴ将軍に、掴みかかろうとしたとき。リュウ少尉が、静かに口を開いた。

「ドラゴ将軍。資料によると、リーゼ女史は、代替部品を開発するための期間の生贄は、痛覚も人格も植え付けられていない魔造人間を充てるとありました。命には変わりないので、残酷なことに変わりありませんが……。少なくとも、魔造人間のストックのある14日は、ブロス博士に猶予を与えてもよいのでは」

「14年かけてできなかったことが14日でできるものか。本気で言っているのか、リュウ!」

 ドラゴ将軍の声には、怒りと攻撃性が含まれている。

「……やりすぎだって、言ってるんだ」

 リュウ少尉が、ドラゴ将軍の手元から端末を奪い、電源を止める。

「ドラゴ将軍。あなたはやるべきことをやる人ですが……以前は、もっと寛容だった」

 リュウ少尉が、言葉少なくそういった。

「たとえばここで、封魔の御子の両親、ヴァラッドとセムを逃したとしても──軍で施した処置によって、二人が軍から離れて生きていられる時間はほんのわずかだ。そんな、わずかな時間の家族の対面すら、許せないのか? 親父──」

 ドラゴ将軍は、リュウ少尉の優しさを否定するように、睨みつける。

「ヴァラッドとセムは、反逆者だぞ。逃がすだと? 反逆してゴネれば、自由や配慮が得られるようになるという前例を認めれば、真面目に職務に従事しているものに示しがつかないだろうが。処罰は受けてもらうぞ。クソガキが部品にならないのなら、ヴァラッドとセムは処刑だ」

「親父は立場があるから……封魔の御子の両親のように、俺を命をかけて守ってはくれないのはわかってるよ。でも、少し違えば、俺たちだって同じ状況だったかもしれないんだ。なんでそこまで封魔の御子の家族に辛く当たるんだ……自分にできないことだから、憎く感じるのですか?」

 ドラゴ将軍が鬼のような形相で、リュウ少尉に平手を食らわせた。

「仕事に私情を持ち込むな、リュウ少尉。最短で護竜の民が救われる道は、これしかないんだ。お前は理解していると思っていたがな。お前を買いかぶっていたようだ」

「何を言っている。リュウ少尉のほうが、お前よりずっと思いやりがある」

 ブロスは非難の色を隠さず言った。ドラゴ将軍とリュウ少尉が揉めている間に、ブロスはセムの拘束を解く。ブロスは、セムの口元を覆う拘束具を外した。

「大丈夫か、セム。 すまない……ヴァラッドと君を、何年も助け出すことが出来なかった。ヴァラッドは私のライドギアの操縦核《ミッド・ギア》の中で、無事だ。安心してくれ」

「……まさか、あなたが来てくれるとは思わなかったわ。もう、諦めているようだったから……メイル、あなたが無事でよかった……」

 セムは会えなかった時間を埋めるかのように、メイルを強く抱きしめた。

「お母さん!」

 メイルは、自分によく似た母のセムにしがみついた。  メイルはセムになにか言おうとしたが、しがみついたセムから、度重なる拷問による血の香りがして、メイルはうまく言葉が発せられず、両親をそんな目に合わせてしまったことに身を裂かれる心地になり、涙が出た。

 ブロスはメイルにセムを預けると、その場で、指輪からインフェルノを召喚しようとする。しかし、指輪は無反応で、インフェルノの召喚ができない。

「指輪の力を遮る魔力の磁場が、この施設に形成されているのか…! ライドギアが召喚できない!」

 メイルは、ぼんやりと、ヘルダー大佐との戦いを思い出していた。

 あのとき、自分は魔力を無効化する封魔の呪文を唱えていた気がする……メイルはそう考えて、必死に呪文を思い出そうとする。

「封……封魔……封魔の祝詞《シィル・マギア》──! 光より生まれいでし竜よ、我に戦う力を!黄金竜、スペリオールラグーン!!」

 メイルが封魔の呪文を唱えた瞬間、部屋の魔力を抑止する磁場が無効化された。

 同時に、スペリオールラグーンと、インフェルノが召喚される。  インフェルノの放つ火柱が、吹き抜けの天井にまで登った。  ガラスが破れ、破片が室内演習場の床に散る。

「こいつら…! 逃さんぞ。リュウ少尉、お前のエクリウムラグーンも、召喚しろ」

 ドラゴ将軍が、自身のライドギア・ムスタバルを召喚する。続いてリュウ少尉も、蒼鋼のドラゴンの姿を模したライドギア・エクリウムラグーンを召喚した。

 ブロスの操るインフェルノの操縦核《ミッド・ギア》には、気を失っているヴァラッドがいた。喧騒で意識を取り戻し、痛む頭を押さえながら、ヴァラッドはブロスに声を掛けう。

「ブロス。ここは……? お前、本当に助けに来てくれたんだな。セムは……」

「ここはインフェルノの操縦核《ミッド・ギア》だ。セムも助けてメイルと一緒にいる。早くここから脱出しよう」

「……ありがとう。危険だったろうに──」

「ヘルダーの洗脳が解けたばかりで、頭も痛むだろ。休んでろ」

 ブロスはそう言って微笑むと、正面から攻撃態勢をとり、重力球を放つムスタバルを、竜騎士の槍で迎撃した。

「なんだ!? ブロスの炎にしては、威力が──!」

 竜騎士の槍の鏃から放たれる強力な炎。苛烈に燃えさかり、ムスタバルの攻撃を阻む。

「これは……!?」

 ブロスも、インフェルノの能力に違和感を感じていた。なぜだか、以前戦ったときより、ムスタバルの重力の能力が、驚異に感じられないのだ。それとも、昔より、インフェルノの攻撃力や防御力が向上しているのだろうか。

 ブロスは不審に思ったが、ムスタバルへの攻撃は緩めない。室内演習場から脱出する為に、ムスタバルや、エクリウムラグーンを足止めしなくてはならないからだ。

 その時、室内演習場の下方から、強烈な風が吹き、インフェルノの操る炎の勢いが増した。ムスタバルは苦戦を強いられえいる。

「お母さん。私の、スペリオールラグーンの操縦核《ミッド・ギア》に、乗ってください」

 スペリオールラグーンを室内演習場に召喚したメイルは、片腕を差し出し、セムに促した。

「大丈夫よ、メイル。私のライドギア・ドゥルガを召喚するわ。ここから逃げ切るには、足止めが必要だから」

 セムは、薄紫の魔石がはめられた指輪から、自身のライドギア・ドゥルガを召喚した。ドゥルガの鋭利な腕で、四方の巨大な水槽を破壊する。水槽から溢れた大量の海水が、滝のように室内演習場へ流れ込んだ。

「静寂の氷結壁《ヘネティリア・ハイウォール》!!」

 セムが呪文を唱えると、大量の海水が一瞬で凍てついた。氷の柱は、またたく間に室内演習場を埋め尽くす。すでに海水を大量に浴びた、ムスタバルと、エクリウムラグーンも、みるみる凍てつき、その場から動けなくなる。

「クソっ! セムか!?」

 ムスタバルを氷づけにされたドラゴ将軍が、悪態をついた。

「水に濡れたものは何倍も冷気を吸収しやすくなるのよ。ドゥルガの氷は、簡単には溶かせない。今のうちに、脱出しましょう、メイル」

 セムが通信のアイ・ウィンドウからメイルに優しく呼びかけると、メイルは頷き、スペリオールラグーンの出力を上げた。

 凍てついたムスタバルと、エクリウムラグーンを後目に、吹き抜けから上空に飛翔する。

 室内演習場の方角から空にかけて、強い風が吹いている。 風が、スペリオールラグーンを後押ししているようだった。そのまま、空へと脱出する。ブロスとヴァラッドも、続いて上空へ飛翔。

 メイルとブロス、ヴァラッドとセムの四人は、要塞ジヴラルタから無事脱出を果たした。

 四人が立ち去った後。室内演習場に屹立する氷の柱で、身動きが取れなくなっているエクリウムラグーンのライダー、リュウ少尉は、静かに呪文を唱えた。

「超越の祝詞《イクス・マギア》……解除」

 メイルの封魔の呪文と対になる、降魔の呪文。

 それは、魔力を極限まで上昇させ、限界を限界ではなくさせてしまう能力。 ブロスが、ドラゴ将軍の乗るムスタバルの能力が弱まったと誤認していたのは、インフェルノに降魔の呪文が働いていたせいだったのだ。

 リュウ少尉は、双眸を上空へ向け、感情の読めない表情のまま、室内演習場から青い空を見上げていた。

「ドラゴ様。大事なご子息様です、そのへんで……」

 医務室で治療を終えたヘルダーが、氷漬けの室内演習場にたどり着く。

 ドラゴ将軍が、リュウ少尉を何度も殴りつけていた。ヘルダーは驚く。

 あたりにブロスやメイルがいないのを見て、状況を悟った。ヘルダーが、ドラゴ将軍とリュウ少尉の仲裁に入る。

「リュウ! 貴様は、あの連中に手心を加えたばかりか、降魔の呪文と、風の能力まで使って、わざと逃したな!! なぜお前は一度もやつらを攻撃しなかった!! 軍人の職務をなんだと思っている!!」

 言いながら、ドラゴ将軍は、容赦なく、リュウ少尉を殴り続けた。

「だから!! 処罰は受けるっていってるだろ! 代替部品が無理だったときには、俺があの二人を捕まえてくる!!それでいいだろ!!! ヴァラッドとセムは、基地から離れれば、一日も生きられない! そのくらいの時間くらい、くれてやればいいじゃないか!!」

 リュウ少尉も、意地になっている。

「なぜ、あのクソガキの家族に、そこまで肩入れする? 俺へのあてつけか? お前はそんな子供じみたやつだったのか?」

 ドラゴ将軍が、言葉に失望を滲ませ、リュウ少尉の襟元を掴んで問いた。

「……封魔の御子の、母親が……母さんに似てたから。母さんが生きてたら、母さんも俺を守ろうと、ああしてたかもしれないって思ったら、黙って見ていられなかった」

 リュウ少尉が、ぽつりと言った。

「似ていない。お前の母親……ジェンシェが、反逆者のような真似をすると思うか」

 ドラゴ将軍が、不愉快そうに吐き捨てた。

「……親父は、護竜の先代皇帝に、故郷のエスカデの街を滅ぼされてから、変わったよ。俺たちの世界がなくなっても、外のルールで、世界に必要なことをやろうとするのはいいよ、立派だよ。でも、母さんがいたころの思いやりはどこに行ったんだよ……俺が部品になるのはいいよ、でもそれによって、親父が変わっていくのは嫌だ!」

 リュウ少尉の脳裏には、優しかった母のいた日常。多くの者に慕われ、頼られていた、在りし日の父の姿が浮かんでいる。ドラゴ将軍の脳裏にも、同じ光景が浮かんでいるようだった。

「感傷で世界が変わるのか、リュウ。護竜の皇帝の力を地に落としたくば、人工太陽《ルインファルス》を完成させ、呪われし太陽を用いた支配を終わらせるしかない。生贄として生を縛られる、民のしがらみごとな。大きなルールが狂っていれば、内のすべてが狂う。無意味に奪われ、蹂躙される。あの日のようにな。──俺の言っていることは、間違っているか?」

 鷹のような鋭い眼光で、ドラゴ将軍が、リュウ少尉を見据える。

「……間違ってないよ。やり方が、酷いっていってるんだ。自分も大事なものを奪われたのに、奪った者の走狗になって奪う側に周り、人に苦痛を味あわせているっておかしいだろ。俺はその矛盾が、嫌なだけだ!」

「酷い? 手段を選んでられるほど、我々に余裕や時間があるのか? その甘さを捨てろ!!」

 ドラゴ将軍は、自分自身に残った愛情すらも捨てていくように、容赦なくリュウ少尉を殴り続ける。

「ドラゴ様。ブロスと封魔の御子の確保を、リュウ少尉が行うということですので、どうかお許し願えませんでしょうか……何度も言いますが、大事なご子息様ですから……」

 ヘルダー大佐が、ドラゴ将軍へ、深々何度も頭を下げた。

「……お前は、やけにリュウをかばうな」

「リュウくんは、エスカデの街にいたときから、俺にとって年の離れた弟のような存在です。おいでリュウくん。怪我の手当をするから」

 リュウ少尉は、ふてくされてドラゴ将軍と目を合わせようとしない。黙ってヘルダー大佐のそばに行き、傷の手当を受けていた。

「……護竜を、新しい太陽でお護りくださいませ」

 ドラゴ将軍は、ヘルダーが独り言のように呟いた言葉を背に受け、片手を挙げると、氷漬けの室内演習場を出ていった。

≪前の話へINDEX次の話へ≫