夢 幻 劇 場

[個人創作ブログ/イラスト/小説/漫画・他]

IN FLAMES – 炎と灰の追憶 – - 9

第9話 轟雷

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「アリィが、革命軍に──拉致された」

 猟犬部隊ベース基地でのミーティングの最中だった。このところ、革命軍が街へ襲撃する頻度が多すぎる。警備体制を強めるための具体的な隊員配備について話していたとき、ベース基地のドアが突然開いた。席を外していたヴァラッドが、感情の抜け落ちた顔で、皆に告げたのだった。

「アリィ隊長が……!? 確か、今日は経済特区の警備に当たっていたはずだろ? あそこには革命軍なんて──」

 ブロスが怪訝な顔をしたが、ヴァラッドの表情を見るなり黙った。

「そのはずだったんだが──革命軍のアジトとされる場所に行ったんだ──ひとりで」
「なんで──?」

 レリムは蒼白な表情で、小さな手で顔を覆っている。アリィのような若い女性が武装集団に拉致されて行われることのすべてを仮定して、親しかったアリィのことを思い、レリムの唇はわなないていた。

「革命軍からの要求が届いたそうだ。一つは、おれの首から上を革命軍のアジトに持ってくること。2つ目は、封魔の御子セムを探し出して引き渡すこと。理由はわからん。おれの首がほしいというのは、千里眼《デウスの眼》に由来してるのかもしれないが……」

「助けに行くだろ」

 ブロスは、やっとのことで声を絞り出した。ヴァラッドは目を閉じて黙った。

「上層部は……アリィを助けないだろう。革命軍からの要求も飲まない。上からは通常通りの任務に従事しろ、としか命じられなかった」
「ふざけんな!!」

 ブロスが、足元のスチール製ゴミ箱を蹴飛ばした。

「アリィがそうした理由には心当たりがある。本当は一緒に行こうと話していた。革命軍のアジトとされる場所に」 「……革命軍の調査してたんだろう、きみ達。僕にも協力を求めたこともあったよね。あれから何がわかったんだい? 本当のことを聞かせてほしい」

 ベイが、本当のこと、という部分の語気を強めて、険しい表情でヴァラッドに訊く。

「アリィが向かった、軍が推定している革命軍のアジトには、おそらくなにもない。軍が形式的に決めた場所だから。革命軍とは、第10階層にいるシリンダー化された住民が召喚しているライドギアだ。革命軍のライダーと呼べる者は、ライドギアの中にもおらず、全員、すでに死んでいる。革命軍のライドギアは、無人機でありながら意思を持ち、街を襲っているんだ」

「はあ? 第十階層にいる住人が、革命軍を召喚してるって? なんだよそれ……!?」

 ブロスが、声を荒げた。

「アリィと、統都ラガシュについて調べてたんだ。ベイには、機密データへのハッキングをお願いした。わかったのは、革命軍とは、統都ラガシュの元住人の心臓と脳と指輪をシリンダー化したもの。そのシリンダーは統都ラガシュの第十階層に御供として装填されていて、シリンダーが発する電気信号は、死後に廃棄されたライドギアを召喚している。それが革命軍だ。これは都市の機密情報なんだ」

 ヴァラッドは、順序立てて説明してくれた。

 統都ラガシュは、巨大な幽幻の陣《レグナント》であり、統都ラガシュという完全環境都市の召喚のために、街のデバイスによるコントロールに適応できない、意志の強い者に洗脳を施し、心臓と脳をシリンダー化して軽量化し、都市の第十階層に御供として収容され、『都市の完全な状態』を常に願わせている。その願いを古代魔術として実体化しているのが、幽幻の陣《レグナント》完全環境都市・統都ラガシュなのだという。

「おれたちエドゥアルドの民は、外界の王族の奴隷だった。奴隷の支配から逃れて、安住の地を求めたが、そんな場所は見つからなかった。だが、この世とあの世の間にある、幽幻の陣《レグナント》の空間を、外交を必要としない独立完全都市にできたのなら? それには代償が必要だった、って話さ」

 ブロスは、放心状態でそれを聞いていた。頭にあるのは、アリィ隊長の安否だけだ。

「つまり、アリィ隊長はどうなったんだよ。アジトには、なにもねえんだろ? じゃあ一体何に捕まって……」

「アリィは街の維持のために、第10階層を管理している軍家の人間だ。アリィが真実を調べれば、軍家には疎まれる。でもアリィとおれは、真実を知りたくて、調べた。ベイの助けも借りて。革命軍に拉致されたというのは、半分は真実だが、半分は嘘だ。軍の上層部も、街の上層部も、真実を知って、デバイスの支配も受け付けない精神を持つアリィをどう思っていたか? 消したくてたまらなかったはずだよ」

「アリィ隊長は、危険だとわかってて、なぜそんなことを?」
「殉職するしか生きる道のない、猟犬部隊の隊員の命のため。事実を公表して、一部の犠牲によって成り立つ街の仕組みを変えたかったんだ」

『私は……上層部の犬にもなれない、軍家の落ちこぼれだよ。私も、デバイスの干渉を受け付けなかったから猟犬部隊に配属されて……でも生まれは軍家の人間だから、君たちの監視をしている。でも、そんなことしてたら、君たちと本当の仲間にはなれないよね』

 ブロスが、アリィ隊長は上層部の犬か、俺達と同じ野良犬かと訊いた時。アリィ隊長が応えた寂しそうな声が、ブロスの脳裏に蘇った。

「ここ(軍)も、街にも……俺達にとっては……信頼できるものは、なにもないってことだろ」

「そんなところだ。アリィを、革命軍に拉致され、助からなかったということに軍はしたいのだろうが、おそらく彼女は、軍属研究所に捕まっている。だがここに行くということは、都市重罪者になるということだ。アリィの救出に失敗すれば、おれ達も脳と心臓を抜き取られて第10階層のシリンダーにされて、完全都市を願う生きる御供にされるだろうな」

 ヴァラッドは、なんの感情も見せずに淡々と喋った。

「おれが副隊長として、君たちに命じられるのは一つだけだ。軍部に怪しまれないように、いつものように都市の警護をしていていてくれ。ベース基地にはいつも通り数名の待機メンバーを置いて」

「おまえはどうするんだ」

 ブロスが間髪入れずに、何かを覚悟したかのような顔つきのヴァラッドに問いかける。

「俺は──軍属研究所に行く。俺が帰ってこなかったら、お前に猟犬部隊の隊長を任せたいんだ、ブロス。アリィからも、そう言われてるかも知れないが。だから、お前はここに残れ」

「嘘が下手だな──俺についてきてほしいって、顔に描いてあるぜ。二人のほうが生存率も上がるだろ」

 ヴァラッドは、思いやりのあるブロスの言葉に、控えめな笑顔を見せたが、すぐに打ち消した。

「いや…でも。お前にはセムが……セムもやっと日常に馴染めたのに……」
「おれが自己保身を優先して、セムの幼馴染のヴァラッドを一人で行かせて、アリィ隊長を助けなかったら、俺はセムに愛想つかされてふられるよ。セムにふられたくねえから、行くんだよ」

 ブロスはそう言うと、ヴァラッドの背を軽く叩いた。

「はじめから付いてこいって命令しろよ。断るわけないだろ」
「おれは、人に頼み事したり、感情を出すのが昔から得意じゃないんだ──その、人にも責任を負わせるのが苦手で。でも心強いよ。ほんとうに、ありがとう」

 レリムがその様子を見て、ふうと、ため息をついた。

「私も行きたいけど、本部から隊員がいなくなったり街の配置に私達がいないと──街が危ないのと、軍部の上層部に怪しまれるよね。私とヴェルドは通常通り革命軍の治安維持にいく、ベイはベース基地で、ハッカーとして、ヴァラッドとブロスに情報を送る、軍属研究所への安全な侵入経路の準備とかね。こうしようか。本当は、私もアリィ隊長を助けに行きたいけど……」

 レリムが役割分担して残ると申し出た。レリムはアリィ隊長と仲がいいので、本当は一緒に行きたかったはずだ。だが、戦力を考えると、ヴァラッドにはブロスを同行させたほうがいいと判断したのだろう。ベイは、レリムに言いつけられた役割にうなづく。PCに直接意識を繋ぐ外付けデバイスを耳に入れると、腕利きのハッカーしか侵入が許されない通信網にダイブした。

「……ブロス。統都ラガシュは嫌いか?」

 第10階層にある軍属研究所に向かう途中、ヴァラッドの駆るサイレイドから通信で呼びかけた。

「生活で感謝してる面もあるけど、今はまあまあ嫌いになってるよ」

 ヴァラッドは、ぶっきらぼうに応えるブロスに対して、いつも通りに柔和な笑顔を向けている。

「おれはな──そんなに嫌いじゃないんだ。この街も、住んでいる人たちも。アリィが拉致されて、こんな目に遭ってるのに、変かもな。ただ──アリィも、俺と同じように思っていたと思う」

 ブロスが黙ってそれを訊いている。ヴァラッドが何かを伝えたそうにしていると気づいたからだ。

「統都ラガシュに限らないが、共同体がなくなったら──生きるため身を守るための自衛や、食料を得るための生き物の屠殺、生活のためのライフラインを整えること、外敵に脅かされない武力を持ち、経済活動を行い、他の共同体と均衡を保つ政治も、すべて個人でしなくてはいけなくなる。そうなると強い人間、賢い人間、自身の生存本能にある自己防衛機能──自分の中の悪に近い部分を自覚して良識でコントロールできる人間しか生きて行けず、まだ幼かったり、逆に年配だったり、病気だったりと生き抜く力の弱い者から淘汰されていってしまう」

「……そうだな」

 ブロスは、ヴァラッドの言葉の続きを待った。

「共同体でいることの意味は「多数の能動性で弱き者が助けられ守られること」「自分は善良だという優しい嘘の中で生きられること」だと思っている。生きるため行わなければならない罪を、少しづつ大勢の人が肩代りしているから、それを見ないでいられる、自分を疑わないでいられるという優しい嘘──」

「優しい嘘か──」

 ブロスの言葉に、ヴァラッドがうなづいた。

「外交を必要としない、独立して存在できるこの都市は、寄る辺ない民にとって初めて得られた安息の地だった。だから第10階層にいる御供化された市民たちの殆どは、ラガシュのシステムに適応できないとわかると、ほとんどが自分から、街の維持に貢献すると御供に志願した──自分の家族のために。家族のために、そのデバイスの干渉も受け付けない強い意志で、完全な都市の形を願い続けていた」

「……なんで、彼らが革命軍なんかに?」
「彼らが選びうる中での最も高潔な決断と、意思を捻じ曲げられたんだ──《壊蠱》に」

「かいちゅう?」

 ブロスが怪訝な表情で、ヴァラッドの言葉を反復した。

「そう。《壊蠱》の影響を受けたものは、性質が正反対になる。平和を願っていたものが、破壊を願うようになる。ブロスなら感覚が分かるんじゃないか、革命軍と戦って《壊蠱》の影響を受け、お前も一時期凶暴化していたんじゃないのか? もともとそういう性格じゃなかったのに──」

 ブロスは、セムといっしょにいる内に治った現象のことを思い出す。

「魔力を中和するセムといて症状がなくなったってことは、《壊蠱》は古代魔術なのか?」

「意図的に、第10階層の御供に古代魔術をかけ、彼らの性質を反転させた人間がいる。《壊蠱》の魔術にかかった御供は、都市の安寧を願う意志を破壊願望に反転させられて、死亡時に廃棄されたライドギアを無人機として召喚し、都市を襲い出した。それが革命軍の真相だよ」

「誰がそんなことを──まさか、アリィ隊長はそれを突き止めて、一人で?」

 ブロスが、ヴァラッドにも相談せずに一人で行動したアリィ隊長の心情を思い、唇を噛んだ。本当は、アリィ隊長のことを愛していないといっていた恋人のヴァラッドを、巻き込みたくなかったのだろうか……。

「……そんなところだと思う。おれは肝心なところでアリィに頼りにされていなかったんだな──。もう首謀者の名前はつきとめてある。傭兵として部下を連れラガシュに入り込んだ男。《壊蠱》の魔術を操る、偽名だろうが、壊向(エコウ)という男だ。おそらく、軍属研究所にいるだろう」

「ぶちのめしてやる。家族のために、都市の維持のために、御供に志願した市民を、よりにもよってそんな形で冒涜して。許されることじゃない。なんで軍部はそいつをほっといてるんだよ?」

 ブロスが苛立ちを隠せない表情でヴァラッドに訊いた。

「軍の上層部も《壊蠱》の魔術にかかっている。もとの公共精神が強い上官ほど、今はもう目も当てられないほど私利私欲に走っている。だから、商人としても莫大な資産を持つ傭兵のエコウに買収されて、何も言えなくなっているんだ。それに気づいたのが、軍家に家族を持つアリィだった。アリィは、アリィに当たりの悪い家族のことも大事に思っていたから。それが──ことの発端かな」

「つまり、統都ラガシュの住人に本来おかしなやつはいなかったってことか──? じゃあ、ぶちのめすのはエコウって野郎だけにしとくぜ」

「ああ。そいつは俺も許せない。元首の親父が、市民のために維持しようとした都市をめちゃくちゃにしたんだ。人の想いまで踏みにじって──街や人に与えた損失相応の制裁は受けてもらう」

 いつもは柔和なヴァラッドの双眸が怒りを宿していた。

「ヴァラッドは──やっぱりラガシュの皇子だな。考え方が、軍人とも市民とも違うよ。ヴァラッドの親父がずっと護ってきた街を、嫌いにはなれないよな」

「おれは、好きだよ。統都ラガシュって街が。街そのものも、住んでる人も。だから立場の享受を返上して、彼らのために闘える軍人になった。猟犬部隊の隊員は任務の中で死ぬことが使命だとしても、それでもいいさ。ラガシュの市民の心を形作っている、日々の幸せと、彼らが彼らでいられるための優しい嘘を守れるのなら」

 ヴァラッドは静かに微笑んだ。

「ヴァラッドがそういうのなら。俺もラガシュを嫌いになるのは保留にしとく。第10階層の市民たちが、平穏な暮らしを維持しようと命まで捧げた都市を、悪しざまに言う気にはなれねえよ」

 ブロスはそういって、口をつぐんだ。ヴァラッドが、サイレイドのアイ・ウィンドウに映し出された、きまり悪そうなブロスの立体映像を見て、形の良い双眸を細めた。

「ありがとう。ほんとうに、お前に助けられてるよ、おれは」
「まだなにもしてねーって」

 ブロスが照れたように、そっぽを向いた。

 第10階層には厳重な警備が敷かれている。一時でもその警備をかいくぐるためには、ハッカーの協力が不可欠だ。ハッカーの心得もあるベイから、軍属研究所への侵入用のパスワードと、人の警備の薄いエリアのマップと人員配置図、ベイがハッキングで機能を失わせた監視カメラの位置情報を受け取る。短時間で、よくここまで用意できたものだ。

『僕らの仕業だって、分かるのは時間の問題だと思うけど、脱出時間も含めて、侵入が許されるであろう時間は長くて30分程度かな。アリィ隊長の生体反応も軍属研究所内に確認されたよ。ただ場所が──』

 ベイが通信でアリィ隊長の居場所を送ってきた。

「ありがとうベイ。恩に着るよ」

 ヴァラッドは深刻な表情で、サイレイドのアイ・ウィンドウに表示された、アリィ隊長の居場所のマーカーを見ながら、ブロスとともにそこへ向かっている。

「アリィ隊長、生体反応があるってことは、無事なんだろ……?」

 ブロスは、ヴァラッドの反応から一抹の不安を感じながら、確認するようにヴァラッドに問いかけた。ヴァラッドは応えなかった。そうしているうちに、大きな扉が目の前に現れる。ロックはベイがすでに解除している。扉は自動的に開いた。

「そんな──ここは──」

 ブロスは眼の前の光景を見て、絶望した。
 シリンダー装填用の器具一面に装填された、脳と心臓と身体から取り出されてシリンダー培養液に入れられた『ラガシュの元住人』。ヴァラッドは、サイレイドの召喚を解くと、シリンダー番号が最新の装填装置に走った。

『シリンダー番号:1485757589 アリィオーシュ=ルーシュ』

 ヴァラッドは、『それ』を確認するなり、装填装置からリシンダーを取り出し──胸にアリィ隊長だったものを抱いて泣いていた。ブロスは、ヴァラッドになんと声をかけていいのかわからず、立ち尽くしている。

「すまないアリィ──ほんとうにすまない──おれが、もっと君の信頼に足る人間だったら、君一人でこんなことにはならなかったのに──」

 ヴァラッドの涙が、アリィ隊長のシリンダーに幾筋も落ちた。

 アリィ隊長と最後の会話のとき、ヴァラッドはアリィ隊長を愛していないと、アリィ隊長は言っていた。ブロスは、自身を顧みずアリィ隊長を助けに行くヴァラッドの行動を目の当たりにしていたので、そんなふうにはとても見えなかった。この二人は、なぜ心が通じていなかったのだろうか──。

 その時だった。シリンダー装填装置が一斉に光る。耳鳴りのような笛の音。

「ご足労だったな。その女はついさっきシリンダー化されて、『そこ』に装填されたんだ。俺の趣向で、麻酔無しで臓器を取り出されたのに、泣き叫びもしなかった。ヴァラッドってのはそこの泣いてる野郎か? 念仏みたいにお前の名前を唱えてたぜ」

 男は異国情緒のある服装に、褐色の肌、長い髪──ブロスはその男に見覚えがあった。男の傍らには、拘束されたセムがいた。いつもの元気なセムとは思えないほど憔悴して、セムも──アリィ隊長のシリンダーを抱えて泣くヴァラッドを見つめて、泣いていた。

「お前──!? 俺とセムに、スノウメディウムを売った、商人──が、エコウ──」

 ブロスは、記憶をたどって、眼の前の狡猾な目をした男と、スノウメディウムを売ってくれた静かな男の印象が一致しないので混乱していた。

「《腑抜けの俺》とは、もう会っていたな。いい機会だと思って、お前に売ったスノウメディウムにGPSをつけていた。軍部はすでに、虚偽の情報を提出したお前らの隊長の女に見切りをつけて、封魔の御子を匿うお前をマークしてたのさ」

「それでセムの居場所を? なんでセムを、セムを離せよ!!」 

 エコウは口元だけで愛想よく笑っていたが、目は全く笑っていなかった。

「封魔の御子は俺の計画に邪魔でね。壊蠱を無効化する厄介な存在だ。だが存在が珍しい。殺すには惜しいから、俺の稼業の商品にしようと思ってな。そこの泣いてる男の、首から上も欲しい。珍しい千里眼《デウスの眼》の持ち主だ」

「てめえの稼業なんか知らねーよ、クソ外道が!! セムを離せって言ってるんだよ!!」

 ブロスはエコウに本気の殺意を向けている。

「この封魔の御子の嬢ちゃんに、猟犬部隊の隊長の女──アリィオーシュだっけか? アリィオーシュと臓器と脳を取り出して、身体を処分するところを見せた。アリィオーシュには訊きたいことがあったから、拷問の一環で自白剤を飲ませたら、いらん懺悔まで訊かせてくれたぜ。この封魔の御子の嬢ちゃん──セムを、アリィは看守に襲わせてたんだろ。それも一回や二回じゃなかったそうだな。そこの泣いてる男を取られたくないってクソくだらねえ理由で。まだ10かそこらの自分の幼馴染を何年もよ。女ってのは怖いねぇ。それでお前のセムちゃんは、ショックで口がきけなくなっちまったのさ」

 エコウは、セムを羽交い締めにすると、顎を抑えて何かを喋らせようとしたが、セムの眼からは光が消えて、セムはぐったり脱力して何も喋らなかった。ブロスはセムの心境を思って、涙が出そうになった。

「てめえ──!!! なんでそんなことをセムに聞かせたんだ!!」

「アリィオーシュが錯乱して勝手に喋ったんだぜ。ごめんなさいごめんなさいって、口が動く間ずっと。ごめんなさいって言うたびに、それを訊いているセムの表情が死んでゆくのが面白かったぞ。セムも最後の方は、口がきけなくなって、アリィを助けてとは言わなくなってたな。初めのほうは泣きながら俺に懇願してたんだがねェ──」

 エコウが心底愉快そうに口元を歪めて笑った。ブロスがエコウに殴り掛かる前に、ヴァラッドがエコウを殴りつけていた。

「お前はここでぶちのめしてやる──顕現せよ、サイレイド!!」

 ヴァラッドの双眸は暗い怒りで燃えていた。ライドギア・サイレイドを召喚し、あたりに蒼白いプラズマの閃光が奔る。

「楽しませろよ、お前も──来い、カルマ!!」

 金色の蠱が周囲を覆う。それが一体のライドギア・カルマを形作ると、エコウはそのライドギアの中に転送されていた。傍らにいたセムとともに。

「セム!!! クソッ! セムを返せよ!! セム聞こえるか? セムのライドギア・ドゥルガをそこから召喚して、脱出しろ!!」

 ブロスはセムに呼びかけたが、セムの返事はなかった。

「──セム?」

エコウのライドギア・カルマの搭乗席で、うつむくセムがポツリと言葉を発した。

『ボク……アリィに嫌われてたんだ……アリィとヴァラッドの思い出を、支えにしてずっと嫌なことに耐えてたのに、ボクってばかみたいだよね』

 セムは泣いていた。ブロスはセムのその声を聞いて涙ぐむ。

「セム、そんなこというなよ。すぐ、そこから助けてやるから──」
「俺のライドギア・カルマを眼の前にしてずいぶん楽観的だな! 命狩《ハント》!!」

 エコウのライドギア・カルマ。黄金色の禍々しいフォルムの機体。鋭い両腕から、闇の鉤爪を放つ。それは漆黒の斬連撃となり、眼前にいたサイレイドを追撃する。サイレイドは器用にそれを躱したが、カルマの攻撃を受けた空間が切り裂かれ、黒く歪むのが見えた。あの歪みに捉えられれば、ただではすまない予感がした。

 ヴァラッドのサイレイドと、エコウのカルマが火花を散らして鋼の両腕で組み合い、力比べのような体制となる。ヴァラッドの背後では、エコウの蟲笛により召喚された数十機の革命軍のライドギアが控えている。ブロスはセムのことを気にかけつつも、革命軍のライドギアに向かって、爆炎呪文を放ち、戦闘を開始している。

「お前……千里眼《デウスの眼》の眼があるのに、どうしてこうなる未来を回避できなかったんだ? 単純に興味があるね──答えようによっちゃ、お前のその千里眼《デウスの眼》を、ゴミとみなすことになるかもしれんが」

 エコウが興味深そうに、怒れるヴァラッドに向かって訊いた。

「──千里眼《デウスの眼》は、日常的に周囲の人間の思考や視界の映像は意識に流れ込むが──ひとつの事象の未来を予知できるのは1回だけだ。おれは昔アリィが暴漢に誘拐された時、助けるために、千里眼《デウスの眼》を使った。だから、それ以降のアリィの未来を予知することはできない──その程度の、負担だけが大きい役立たずの能力だよ」

 ヴァラッドが、暗い怒りに燃えた静かな声で、エコウに応える。プラズマを帯びた掌で、カルマに無数の光線を放った。カルマに触れた光線が黒く歪み、プラズマ体がその漆黒の歪みに吸い込まれたように見えた。金色の装甲に傷一つつかないカルマ。ヴァラッドが、僅かに眉をひそめる。

「なるほどねェ。だったら要らんかな。客にその眼を移植したとしても、一事象につきたった1回の予未来知に、精神負荷の高すぎる代償じゃ、クレームもののデメリットしかねえ。俺の能力を予知していなかった機転の利かなさも萎える要因だな。俺の《闇の撫手》は高エネルギー体を吸収する。お前がプラズマの高エネルギーを扱えるとしても、俺の前では空気の流れに等しい──」

「!!」

 ヴァラッドの双眸が赤く光を帯びた。千里眼《デウスの眼》の使用。 ヴァラッドの意識には、カルマが次の瞬間に放つ大技が視えていた。ヴァラッドの駆るサイレイドは、軍属研究所の天井付近まで一気に飛翔する。

 一刹那前までサイレイドがいた空間に、黒い球体が幾つも顕現し、空間を飲み込むように弾ける。轟く地鳴りとともに、無数の闇の柱が軍属研究所の天井を貫く。外は雨。穴の空いた天井から、大粒の雨が降り注いだ。

「ほう? これで仕留めるつもりだったが、いまのを避けたのは褒めてやる。使いようによっちゃ便利かもな? だが、これで俺の攻撃はもう予知できなくなったわけか。その程度の『勘が鋭い』の域を出ない能力を、千里眼と呼ぶ大仰さにイラついてきたぜ」

 エコウはそういうなり、カルマの《闇の鉤爪》と《闇の撫手》を駆使した、眼にも止まらぬ連続攻撃をサイレイドに放った。サイレイドは、はじめの方こそ躱していたが、徐々に攻撃を捌ききれなくなり、装甲が鉤爪に持っていかれて、所々破損していた。

「俺は、普段《闇商人》と《傭兵》をしているんだが、人の見立てはわりと正確な方でね。こういった未来予知系の能力の持ち主や、そういった商品も扱ったことがある。そういったものに触れている人間の傾向なんだね。そう──お前が俺の攻撃をすべて防ぎ切るのを早々に諦めたように、自己防衛を諦めて、自分が傷ついても、攻撃はこの程度で止まるだろうと甘い見込みで、時が過ぎるのを待つような、心に諦めを持っている人間が多かった。その諦めを慰めるように、未来を覗きたがる」

「……なにがいいたい」

「人生においても、戦いにおいても、心の奥に諦めなんて持ってるやつは何も掴めない。戦場で信じられるのは自分だけだ。基本的には、戦いの場で助けてくれる人間なんか居ないんだからな。だから自分自身や自分の生き抜くという意志を信じて戦えないやつ、自分の形を保てないやつから死んでゆく。諦めってのは、己の意志を信じないゆえに自分の形を保てないやつが持つもんだ。自我に千里眼の断片が流れ込んで、明確な自分を保てない、自分を信じられないお前のようにな──! 今度の攻撃は止まないぜ」

 エコウの駆るカルマは、信じられないスピードで、サイレイドに鈎爪による連続攻撃を見舞う。しかもそれは一瞬も途絶えることがなかった。鈎爪はサイレイドの装甲を切り裂き、危機感を覚えたサイレイドが放つプラズマのシールドをも、カルマは《闇の撫手》で吸収し、息もつかせぬ連撃の末、闇の御柱を放つ。 

 サイレイドは闇の御柱の歪みに取り込まれ、その重力に翻弄されて鋼の機体が軋んで凹む。ヴァラッドは戦闘のさなか、離人感を感じていたのは、自分の心中をエコウに言い当てられたからだった。カルマの流れるような連続攻撃と、闇の呪文の連携に、サイレイドは為すすべもなく容赦もなく蹂躙され、軍属研究所の床に伏した。

「──そのまま立ち上がるな。諦めろ。時間が諦めを用意してくれる、お前はあとからそれらしい言い訳をいってりゃいいのさ、いつも通りにな──アリィオーシュが死んだのも、未来が予知できなかったから、己の弱さから、仕方がなかったのだと」

 エコウはそういうと、カルマの鋭利な脚で思い切り、地を這うサイレイドを踏みつけた。呻くヴァラッドは──泣いていた。恋人だったアリィに対する、慙愧に堪えない気持ちが去来して自分の性質を呪っている。

 アリィがこうなるのが分かっていたら、自分の中の愛情を信じて、表に出すことができたのだろうか。アリィがセムにしたひどい仕打ちを、ただ受け入れるのではなく、感情を持って怒っていれば、アリィは弱さや醜い感情を、ヴァラッドの前にさらけ出すことができて、アリィの心を少しでも軽くすることができたのだろうか。そうしていれば、アリィと心は通じたのだろうか?

 そうやって、たらればでしかものを考えられない自分自身を、ヴァラッドは到底、信じることなどできなかった。信じることができないので、支えになる感情や意志を持つことができない。それがヴァラッドの脆さだった。

「そのまま、諦めて寝てろ。破片も残らず《闇の撫手》で消滅させてやる──はじめからお前など存在しなかったように」

「ふざけるな……」

 ヴァラッドは、四肢をカルマに踏みつけられながらも、それでも立とうとしていた。

 自分の中のアリィへの感情を掻き集めるように、それが崩れてこぼれ落ちて消えないように、ミキサーにかかったような自我から、アリイの笑顔だけを思い浮かべた。

 ヴァラッドの心が見えず、通じ合わない淋しさを隠して、アリィがいつも見せてくれていた笑顔を。

「立つな、つってんだろ!! 立っても、《闇の鈎爪》で八つ裂きにされるだけだぞ。諦めろ──いい言い訳ができてよかったじゃねえか。敵が強すぎたんだよ。お前も弱かった。そうだろ? 諦めろ。お前はそれが得意だったはずだ。感情が意思になる前に手放してきた。千里眼《デウスの眼》で情報が流れ込み続ける自我のなか、強い意志を保ち続けるのは拷問に等しいもんなァ? だから諦めてきたんだろ、自分の感情を、自分の意志を、自分自身であることを」

 エコウの言葉は──精神攻撃の一種なのだろうか。ヴァラッドのかろうじて保っている意志を砕く。おれは、アリィを助けに来たんだ。でもアリィはもう死んでいて。殺したのはエコウで。おれはエコウを許せない。ヴァラッドは心の中で、情報の洪水の中で、それが霧散しないように反復し続けたが──それすらも流れていってしまいそうだった。

「──黙って訊いてりゃ、好き勝手なこといいやがって!!」

 ヴァラッドの酩酊する心を醒ましたのは、ブロスの声だった。

 ブロスは、エコウと戦うヴァラッドに、革命軍の攻撃が及ばないように、数十機にも及ぶライドギアの攻撃を抑えてくれていた。

「ヴァラッドがなァ!! アリィ隊長のこと諦めてたら、まずここに居ねえんだよ!!」

 ブロスがエコウの言葉に激怒し、恫喝した。その間にも数十機の革命軍のライドギアは、ブロスに攻撃を加えている。ブロスは、インフェルノの武器である竜騎士の槍で革命軍のライドギアを防ぎながら、ヴァラッドに叫んだ。

「立て、ヴァラッド!! 今すぐ立てッ!!」

 ヴァラッドが、ブロスの声に反応する。

「立たせてどーすんだよ。お友達をサンドバックにしてえのか?」

 エコウが嗤う。軍属研究所の床に伏すサイレイド──その四肢を踏みつけるカルマの脚に、力が入る。

「黙ってろ外道が!! ヴァラッド聞け!! アリィ隊長を死なせたエコウは、お前がやるんだ!」

 ブロスは、革命軍と戦いながら、ヴァラッドに呼びかけた。

「立たなかったら絶対に後悔するぞ、アリィ隊長のこと、愛してるんだろ!!!! だったら立て!! 諦めるなよ自分の心を! 自分自身でいることを!! ほかでもないお前自身の心の形(サイレイド)で、立ちあがって、戦うんだ!!」

 ブロスの言葉は、ヴァラッドの目を醒めさせるように。
 消えかけていた心に火を灯した──やがてそれは業火になり、ヴァラッドを奮い立たせる。
 ヴァラッドは拳に力を込めた。連動するように、サイレイドの鋼の拳にプラズマが帯電し、青白い粒子が奔る。

「オオオオオオオオオオオオッ!!!」

 サイレイドは咆哮し、プラズマの稲妻を周囲に激しく帯電させながら、エコウのカルマと全力でぶつかった。ヴァラッドの双眸に闘志が戻り、サイレイドは、プラズマの限界呪文を広範囲に放つ。

「電離層の抱擁《イオノスフェリック・エンブレイス》!!」

 無数のプラズマの光柱が、カルマに向けて収束する。《闇の撫手》でも吸収できない、無尽蔵のエネルギーで。
 カルマの装甲がプラズマの光線で断ち切られる。

「チッ。あと少しで心も闇に堕ちたというのに──」

 エコウはそういうと、闘志を取り戻したヴァラッドと拳を組み合う。空間を歪ませる闇と、プラズマの光の閃光が奔った。ヴァラッドの放つプラズマの光線は、前よりも威力を増して、カルマの装甲を薙いでゆく。エコウはヴァラッドに圧されて、徐々に劣勢になる。

 サイレイドはカルマの首を掴み──軍属研究所の壁一帯を破壊する怪力で、カルマの四肢を壁に叩きつけた。カルマは衝撃の反動で動けない。エコウにとどめを差すべく、サイレイドは右腕にプラズマのエネルギーを帯電させる。

「お前はアリィと統都ラガシュの仇だ──ここで散れ! 跡形もなく!!」

 ヴァラッドは右腕に帯電させたプラズマのエネルギーでカルマの頭部を焼き尽くそうと、拳撃を放つ──その刹那。

「死にぞこないが!」

 エコウは吐き捨てようにいうと、焦りの浮かんだ表情で金色の蟲笛に触れ、不気味な音色を響かせた。

 蟲笛の音色とともに、アイ・ウィンドウに無数の機体反応が浮かぶ。
 第10階層に、シリンダーが召喚しうるライドギアすべてが集結している。

 そしてヴァラッドの目の前に現れたのは、アリィ隊長のライドギア、オクタピアだった。
 ライドギアの中でも軍を抜いて俊敏な動きで、サイレイドを攻撃してくる。
 蟲笛の音で性質が反転したアリィは、ヴァラッドにまっすぐ殺意を向けてきた。

「アリィ──!!」

 手元のアリィのシリンダーを壊せば、オクタピアの召喚が解けることを、ヴァラッドはわかっていたが、それはできなかった。

『──ドウシテ、アイシテクレナカッタノ、ヴァラッド』

 アリィのオクタピアがそう口にして、広範囲に電撃を放つ。ヴァラッドは、周囲にある装填されたシリンダーが破壊されれば統都ラガシュを維持できなくなるので、電撃の類は使ってほしくなかったが、ヴァラッドの心情などお構いなしにオクタピアは荒れ狂い、第10階層が轟くほどの雷撃を放つ。

 サイレイドは、器用に電撃をかわしながら、オクタピアに肉薄する。

「アリィ、信じてもらえないと思うけど──、おれは君を──愛してたよ」

 全力で電撃を放つオクタピアを抱きしめるように、サイレイドが四肢を抑え込む。

「おれの愛情表現が下手なせいで、君が寂しい思いをしているのはわかってたよ。でも、おれは自分の確かな感情すら感じることができない──《デウスの眼》の能力でいろんなものが精神に流れ込むから。だから、いつも自我がミキサーにかかったようで、人に伝えられるだけの、信じられる自分の感情が持てなかった」

 サイレイドの全身に、オクタピアの放つ電撃が疾走る。

「だから、君の全部を受け入れることがおれの愛だった。君がどんなに目を背けたい過去でも、一緒に背負うつもりだった。それは本当だ。幼馴染の情だけで一緒に居たんじゃないよ。君と一緒に居たかったから、いたんだ。君の優しさと明るさにおれの心は救われてた──いつも」

 オクタピアが放ち続ける電撃を受けて、装甲も四肢も、破壊されてゆくサイレイド。それでも、オクタピアを離さなかった。

「君の気がすまないのなら、このまま──おれを殺してくれ。アリィ。アリィのしたことなら、全部受け止めるから」

 ヴァラッドの頬に、一筋の涙が流れた。

『アアアアァァァァァァァァアアアアアアァァァ!!!!』

 声にならない声を上げるオクタピア。
 天地が割れるような豪雷を放つと、軍属施設の天井が抜け、外の雨が第10階層に入ってくる。
 雷鳴と豪雨のなか、オクタピアの頬を、雨なのか涙なのかわからない雫が伝った。

 ヴァラッドと、アリィ隊長のやりとりを背に。
 革命軍のライドギアを操るエコウに、ブロスの駆るインフェルノは一方的に蹂躙されていた。

 革命軍のライドギアは強い。それが無数にいることだけでも脅威なのに、エコウの得体のしれない黄金のライドギア・カルマは、革命軍のライドギアよりはるかに手強かった。

 しかも、操縦核《ミッド・ギア》にはセムがいる。とにかく戦いにくい相手だ。
 オクタピアが放った突然の雷撃で天井が抜け、外の豪雨が第10階層を打つ。炎を操るブロスのライドギア・インフェルノにとって、劣勢が続く。

「どうした。そんなところに転がって──さっき俺に啖呵切ったみたいに、やかましく吠えてみせろよ」

 エコウは第10階層の鋼の床に倒れるインフェルノを踏みつけ闇の鉤爪で何度もインフェルノを斬りつけた。エコウと革命軍数十機の攻撃を受け、インフェルノは破損し、操縦核《ミッド・ギア》のブロスも疲弊しきっていた。

 セムはそれを見て、憔悴した自分を奮い立たせ、我に返ったようにブロスに呼びかける。

「ブロス、ブロスしっかりして! 死んじゃやだよ!! ボクも、ボクも頑張るから!!」

「セム…。セム、声が出るようになったんだな。よかった。もし、唄う元気があったら、唄ってくれるか、セムが作ってくれた、スノウメディウムの唄──」

 ブロスがそういったのは理由があった。
 エコウは、操縦核《ミッド・ギア》から蟲笛で革命軍を操れるように、特殊な音響装置をライドギアに積んでいる。

「唄えば、ブロスは元気になる……?」

 ブロスは微笑んで、セムに頷いた。

 セムは、ブロスとの穏やかな生活の中、ヴァラッドからもらったギターで作った、スノウメディウムの唄を唄った。
 その歌声は美しく、セムの声には封魔の能力があった。魔術を中和する力が──。

「どうでもいい男女の乳繰り合いってのはくだらねえなァ。あくびが出そうだぜ──なにっ!?」

 セムの唄が、エコウのライドギア・カルマの中の音響装置を通じて、第10階層全体に響き渡る。

 その瞬間、アリィ隊長の召喚するライドギア・オクタピアが、ブロスのライドギア・インフェルノを取り囲む革命軍のライドギアに強烈な雷撃を食らわせて、機体を感電させた。

 そして。感電したはずの革命軍のライドギアは、ゆっくり立ち上がって、エコウのライドギア・カルマに装備や武器の照準を合わせる。オクタピアが雷鳴を轟かせ、エコウの駆るカルマに雷撃を浴びせる。それを狼煙のようにして、数十機の、魔術の軛から解き放たれたライドギアたちは、その強力な攻撃力でカルマに総攻撃をかけた。

「クソッ!! こいつら──!! 調子に乗るなァァァ!!」

 その瞬間、足掻くエコウが放った闇の一撃。その軌道上にいた、ブロスの乗ったインフェルノをかばうように、魔術の解けた革命軍のライドギア数機が、ブロスの前に立ち、エコウの攻撃を遮った──。

(セムの唄で、壊蠱の古代魔術が解けた、アリィ隊長や、第10階層の住人たちが、俺達を助けてくれているのか──?)

「セム! ありがとう! そのままセムのライドギア・ドゥルガを召喚して、そこから脱出できるか?」
「やってみる!」

 活力を取り戻したセムは、自身のライドギア・ドゥルガを召喚し、まばゆい光とともにカルマから分離され、ドゥルガの操縦核《ミッド・ギア》に転送されていた。

「静寂の氷結壁《ヘネティリア・ハイウォール》!!」

 セムは氷のライドギア、ドゥルガの呪文で、エコウに接地する床一面を氷山のように凍らせ、身動きを取れないようにする。

「これであいつは動けない! ブロス、今のうちに必殺呪文を!」
「ああ──! ここで仕留めてやる!! 灼熱の焼却弾《レイジング・インフェルノ》──!」

 セムの言葉に、ブロスはエコウの駆るカルマに、最大出力で爆炎呪文を放った。  インフェルノが放つ高温の炎でも解けないドゥルガの氷に機体を固定され、爆撃に包まれたカルマ。操縦核《ミッド・ギア》にいるエコウは灼熱地獄の中にいるだろう。

 革命軍だったもの──第10階層のシリンダーになった人たちが動かしているライドギア数十機は、容赦なく、インフェルノの炎で溶解していくエコウのライドギア・カルマに追撃を加える。

「──ふっ、ふざけやがって!! この野郎ども、壊蠱の魔術が解けたってのか? そうだとしても、また蟲笛を吹けばいいだけだ──!!」

 追い詰められたエコウが再び操縦核《ミッド・ギア》から蟲笛を吹くと、新たな革命軍のライドギアが召喚された。  しかし、魔術の解けたオクタピアや他のライドギアたちは、ブロスやセム、ヴァラッドを逃がす手助けをするかのように、新手の革命軍に強力な攻撃を次々と加えた。

『モウ、イッテ──アトハワタシタチガ、ヤルカラ』

 オクタピアはそういうと、ヴァラッドの乗ったサイレイドの鋼の頬にそっと触れた。 アリィの、いつもどおりの明るい笑顔を、その声に見る。ヴァラッドの目頭が熱くなったが、ヴァラッドはブロスとセムに脱出を呼びかけると、サイレイドを見守るオクタピアに踵を返した。

 足掻くエコウに、天地が轟くような雷撃の猛攻撃を行うアリィ隊長。
 アリィ隊長とシリンダー化された第10階層の人たちの意思と行動を無駄にしないよう、ブロスとセムとヴァラッドは第10階層の破壊された天井から、豪雨の空へ飛翔した。

「電離層の抱擁《イオノスフェリック・エンブレイス》!!」

 ヴァラッドは、地上に残ったアリィたちを援護するように、エコウの駆るカルマへ、渾身のエネルギーを圧縮したプラズマの御柱を浴びせる。 上空から無数に放たれるプラズマの眩い光柱は、神の裁きか、死の抱擁のようだった。

 荒れる空、サイレイドが放つプラズマの光柱と交わるように、オクタピアの放つ轟雷の閃光が轟く。
 そして、ブロスたちを護ってくれたシリンダー化された第10階層の人たちのライドギアと、革命軍の戦闘音も。   

 ドゥルガの氷で身動きの取れないエコウは、オクタピアの雷撃と、ライドギア数十機の総攻撃を受け、生きていられるはずがなく──エコウの声は途中で途絶えていた。

 それらが静かになると──ヴァラッドが大事に抱えていたアリィ隊長のシリンダーが割れる。
 熱を持ち、中身がドロドロに溶けたものが、ヴァラッドの手に滴った。

「ありがとうアリィ。こんなになってまで、俺達を護ってくれて──」

 ヴァラッドはサイレイドの操縦核《ミッド・ギア》の中で、祈るような仕草で割れたシリンダーを抱く。
 軍属研究所に残された、雷撃の反動でボロボロに焼けたオクタピアは。三人が飛び去った豪雨の空を見上げ、見守るような態勢で、雨のなか静かにその機能を止め──光る粒子となって、儚く消えた。

 雨上がりの夕暮れ。ブロスとセムとヴァラッドは、昔セムとアリィ隊長とヴァラッドが遊んでいたという、王宮の近くの森深い丘に来ていた。その丘陵に、アリィ隊長のシリンダーを埋めて、墓石を置く。

「アリィ、助けてくれてありがとう。ボクが最後に覚えてるアリィは、ボクに謝ってるアリィじゃなくて、ボクとブロスを日常に送り出してくれた、あの優しいアリィのままでいてもいい……? ボクあんなことされても……アリィのこと好きだから、ずっと幼馴染だって思ってるよ……」

 セムが、アリィ隊長の墓にしゃがみ込み、ぽろぽろと涙をこぼした。

「アリィは、シリンダーになっても俺達を助けてくれた。第10階層にいたシリンダー化された人たちも。それが真実だって、思っていいよな──アリィ」

 ヴァラッドが静かに言った。泣きじゃくるセムの頭を撫でて、ブロスも、アリィ隊長の墓に手を合わせる。

「俺、セムの件で、アリィ隊長にひでえこと言っちまったけど──隊長のこと、優しい姉みたいに思ってて、嫌いになれなかった。そっちに行きそうな隊員が居たら『君はまだだよ』って追い返してくださいよ、いつもの元気な笑顔で」

 ブロスは滲んだ涙を拭って顔を上げると、雨上がりの複雑な雲模様で流れる、美しい黄昏時の夕暮れを仰いだ。

 視界の端に月光蝶が見えた。死者の魂を宿すと言われる、幼い日のブロスが好きだった美しい蝶──アリィ隊長の魂が皆の言葉を受け取りに来たのだろうか。

「──アリィ隊長は、俺に隊長の後任を任せたいって言ってたけど、なんで俺なんだよ……」

 ブロスのぼやきに対して、ヴァラッドが微笑むと、穏やかな声音のまま続けた。

「おれには、その理由がわかるよ。ブロスは人の意志が消えかけた心に火をともして、熱を与えることのできる人間だから。実際、俺もそれに助けられたしな。アリィも、セムに世話を焼いて、セムの心にも暖かい火を灯したお前の優しさを見て、そう感じたんだと思うよ」

「自分じゃ、よくわかんねえけど──アリィ隊長や、ヴァラッドがいうなら、俺やるよ。ヴァラッドは副隊長としてサポートしてくれるんだよな? ──ベース基地に戻ったら……元凶のエコウをぶちのめしてたとしても、軍機違反で処罰されて除隊されるかもしんねえけどな……」

「もちろん、どうなっても付き合うさ──。それがたとえ猟犬部隊の任務じゃなくてもね。死地を共にしたブロスのいうことなら」

 ヴァラッドはそういうと、ブロスの胸を軽く拳で叩いた。セムは、ブロスとヴァラッドの打ち解けた様子を見て、嬉しそうに微笑んでいる。

 ブロスは、眩しそうに夕暮れを見上げると、青い燐光を放って舞い、遠い空に熔けてゆく月光蝶を眺めていた。

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