「あいつは音楽の天才だったが、狂人だ」
強面で巨漢の店長が有線で流れる『ゴア・コーポ407号室の好色ババア』を聴きながら呟く。
イングウェイは半年前、バンドのメンバーを一人残らず殺した。動機は不明。イングウェイは死刑になった。
「この街の人間は結局、どこに行ってもダメなんだな」
店長が溜息をついた。
「でも、僕のヒーローはイングウェイだ。僕はイングウェイみたいになりたいよ」
店長は呆れたように鼻を鳴らし、棚卸しに作業に戻る。『HELL/HOUND』はメンバーが全員死んで解散した。残された楽曲の質の高さ、異色の終止符と曖昧って解散後もカルト的な人気を誇っている。
「おいボーズ、今月の給料だ」
帰り際、店長に今月の給金を渡される。スケッチブックを三冊買ったらなくなる額だった。帰り道、僕は駆け足でブーツを鳴らしながら、つぶれかけの画材屋に寄った。スケッチブック1冊とクロッキーを一本買う。僕は絵を描くのが好きだ。
大人になったら『HELL/HOUND』のCDジャケットをデザインする人になりたかった。『HELL/HOUND』のブックレットには、イングウェイの描いた殺人ウサギ・バーニーがいる。僕はそれをカバだと思っていたので、代わりに描いてあげようと思ったんだ。その夢はメンバーの死と一緒になくなってしまった。裏通りを歩きながら、足下に転がっていた小石を蹴飛ばす。
「いてえなチビ!!」
小石は前方を歩いていたパンクスの後頭部に直撃した。
「パンクスなら、小石くらいよけてみせろよ!」
謝っておけばいいものを、僕は思わず憎まれ口を叩いてしまった。
「なんだとコラ!!金出せオラ!!」
なんのひねりもない言葉を吐き出す男に、僕は数発殴られ、頭を踏んづけられた。
ちくしょう、度胸も腕力もないくせに、なんで僕はあんな事言っちゃったんだ。
「舐めた口利きやがって。こいつ売って金にするか」
パンクスがスケッチブックとクロッキーを、僕から剥ぎ取って言った。
「かえせよ!」
僕は頭を踏まれながら取り返そうとした。
そいつは僕の無様な姿を鼻で笑うと、スケッチブックを破いて僕の頭に浴びせてくる。
「ほらよ。返したぜ」
パンクスは皮肉たっぷりに言うと、裏路地の奥に姿を消した。
「……」
僕の周りに、スケッチブックだった紙くずが散乱している。
割れたクロッキーを拾うと妙にやるせない気分になり、家までがむしゃらに走った。
腐食したコンクリートに映り込む、街頭が照らし出す僕の影は、巨人みたいに大きかった。
早く大人になりたい。
この影みたいに大きかったら、さっきのパンクスだってぶちのめしてやれたんだ。
この汚染された街からも出て自由に生きるんだ、憧れのイングウェイみたいに。
僕は考えても仕方ない事を頭に巡らせながら走っていた。
考えれば考えるほど、僕は行動も頭の中もどうしようもなく子供だと実感して、余計に空しくなってしまう。青白い月が、ブルータルシティの不気味な夜景を静かに照らしている。
月まで街の毒素にあてられて、青ざめてるみたいだ。