第十五話 白銀の都

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 雪華の都・日ノ宮は、今日も深雪に覆われて、その色を失っていた。冴え冴えとした冷たい空気に、どこまでも続く真銀(ましろ)な雪景色。ひときわ美しいのは昇る日の光だけ。日ノ宮は独自の和文化と伝統のある小さな都だった。

 呪雪が振り、白魔(はくま)と呼ばれる積雪災害が多発している。ひとたび夜になれば、市街地を隔てた砦戦場は、夜歩き──死人(しびと)の跋扈する死の世界となる。

 呪雪に触れ、歩く死体となった人間(夜歩き)が軍をなして都を攻め落とそうとしているのだ。死人たちは故郷である都に帰ろうとしており、日ノ宮の人間を食べて死人たちの仲間にしたいという、心理的行動原理があった。

 日ノ宮の帝と皇子が皇族に謀殺され、氷柱で喉を貫いて死んだ后が妖となり、日ノ宮を呪い永遠に争いが続く氷雪の世界に変えた。后は、日ノ宮の民に「呪雪の氷女(こおりめ)」と言われている。

 一年の大半にかけて、氷女の呪いによって、雪が降り続く日ノ宮だが、春になると銀色の桜(品種改良された魔除けの桜)が咲く。各地でその花びらが散る時期だけ、死人との戦が止む。日ノ宮の民は、死人の脅威に怯えながら、短い春を待ち詫びていた。

「──」

 死人の首が跳ねる。四肢が跳ねる。血飛沫と血風が渦巻いて、血霧となって消える。 冷たい雪と血の匂いが充満する砦跡の戦場。目にも止まらぬ疾さで、死人の群れを、退魔刀:伶龍で斬り伏してゆく、黒装束の少年。

 戦場の最前線に残っているのは焔神宮寺の巫覡:刃鋼輔(やいば こうすけ)だけだった。他の防人は、防人を上回る死人の軍を目視するなり、絶望的な心地になっていた。防人たちに後方の砦へ撤退することを促し、死線を託されたのが鋼輔だった。鋼輔は防人が後方の砦へ撤退するのを確認すると、死人の群れに疾風の如く近づき、臆せず鋭い刃で次々と死人を斬り、躯へと変えていった。

 戦場において、鋼輔の存在は異質の刃物のようだった。鋼輔は、飛ばした死人の首や四肢を躊躇いなく掴むと、砦跡の中央に投げ、躯を無造作に積んでゆく。元は市井の人間の一部をこのように扱うことに通常の人間ならば抵抗を覚えそうだが、鋼輔は人を殺す技術に長け、心もそのように凍てついていた。

「怨敵滅殺──浄魂追善」

 朽ちた死人の魂を、鋼輔は、退魔刀・伶龍が放つ蒼炎により、浄化させていた。放っておけば砦跡が、死霊に支配された地へ変貌して、立ち入りできなくなってしまうからだ。

 満月の夜。真っ平らになった死人の躯。降り積もる呪雪が死人の躯を白く染めてゆく。戦場に一人立つ鋼輔は、体温を奪う冷気の中、白い息を吐いた。

 鋼輔の退魔刀:伶龍から発現される青く美しい炎が、死人の躯を包み、鋼輔の周囲で龍のように蜷局(とぐろ)を巻く。鋼輔は青い炎の中心で、舞い散る火粉のなか燃えてゆく躯を見守り、月を見上げる。鋼輔は月下の雪景色に映える、冴え冴えと研ぎ澄まされた刃物の如き美しさのある少年だった。

(最近、戦場の空気がおかしい──災禍の前触れでなければいいが──)

 鋼輔は不吉な予感を胸に沈める。あれほどいた死人の群れが嘘のように、降り積もる真銀(ましろ)な雪で、白く覆われてゆく。

『鋼輔君は、夜の戦場を青い炎で包んで──いつも月を見ているね』

 戦場に響くはずのない、きれいな声が鋼輔を呼んだ。

「廻様。このようなところに来られては……」

『鋼輔君の後姿は──とても寂しそう。私に、なにかしてほしいことはある?』

「俺には過ぎたお言葉です。廻様。それに、戦の寂寥感は嫌いではないですから」

 そう応える鋼輔が振り向くと、雪景色のなか、自分の目を疑うほどに美しい少女が佇んでいる。だが、その少女は霞のようにフッと姿を消した。

「伶龍が観せた──昔の、廻様の幻影か。廻様は、街は、無事だろうか──」

 鋼輔の凍てついた心が動く。鋼輔は退魔刀:伶龍を鞘に納めると、砦跡の戦場を後にした。

「鋼輔は何者なのですか。我々を護る為とはいえ、あれだけの死人の軍勢を一人で葬るなど……死人との戦闘を見るかぎり、人間とはとても思えない。黄泉に片足を突っ込んだ者の気配がします」

 日ノ宮の警護を任される近衛集の筆頭:御子神に対し、近衛衆の防人が少しの不気味さを声音に滲ませながら訊いた。

「あれは鬼人と妖狐の間の子だ。妖を嫌う日ノ宮では忌み子に等しいが、鬼人と妖狐の血は強力だ。鋼輔がいなければ、とっくに、都へ死人の侵入をゆるしていただろう。都の者に百眼視されても、あの通り日ノ宮を護るために尽くしてくれている。そのようなことを言ってやるな」

 日ノ宮では、朝夕、夜歩きを退ける鐘楼が鳴り響く。夜歩きは銀を嫌い、防人の兵は皆、銀の刀で夜歩きと戦っている。

 妖に耐性をもつ、巫覡や僧兵が都を守る防人の筆頭になっている。日ノ宮には巫覡や僧兵を排出する数々の神宮寺があった。

 鋼輔は、古く廃れた焔神宮寺の巫覡だった。焔神宮寺は、日ノ宮では罪人が送られる施設と呼ばれており、妖や鬼との混血児が多く、忌み子として忌避されていた。鋼輔は鬼人と妖狐の混血児だった。

「それはそうですが──鋼輔と話していても、話すと言っても二言三言ですが、人と接している気がしないのですよ」

「ふむ。おまえは鋼輔とともに廻(めぐり)様の警護をしていたな。廻様が、忌み子である鋼輔を頼りにし、関心を寄せるのが、そんなに気に食わないか。確かに廻様は、お美しさに人間性も伴った理想的な姫君であられるがな」

 御子神は部下の心を見透かし、破顔した。

「ちっ、違いますよ。廻様も、なぜ鋼輔に肩入れするのか……」
「身分差がなければ、似合いの二人だと思うがな。この都で廻様を完全に護りきれるのは鋼輔くらいのものだろう」

 日ノ宮の皇女・廻(めぐり)は鬼に魅入られたような美しい姫君だった。水墨で引いた絹のような長い髪に白磁の肌。うっすら紅を差したような頬と唇。深い宝玉の瞳。ほっそりした後ろ姿。廻が笑うと、その場に花が咲いたようだった。

 雪景色のなか、着物姿の廻がたたずむ姿を、数々の絵師が絵に残し、所有したがった。見るものに衝撃を与える美しさを持つゆえに、廻様になにか不吉なことが起きなければいいがとよく言われていた。



(続)

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