第二十二話 ジーク編プロローグ

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夜明けの空に霧がかかり、草木を朝露が濡らしている。さく、さく、と草の上を歩く音。朝もやの中から、白騎士と黒騎士、蒼い鱗の大きな竜が姿を現した。

「私、夜明けの蒼い空が好きなんだ」

 朝露をはじく、肌もあらわな白い甲冑を身に纏った、美しい白騎士・ルシアは、帝国の城を見渡せる丘陵で、蒼い空を指差していった。
 
 傍らには、生まれて十年足らずだが雄々しい、護龍で最後の竜・エンデがいて、上空に鋭い目を向けている。

 その様子を少し後ろで眺めているのが、漆黒の呪鎧を身に纏い、褐色肌に長い銀髪を垂らした黒騎士・テスカだった。

「護龍で蒼は御法度だぞ。──反逆者の色だ」

 テスカがルシアをたしなめるように言った。ルシアはテスカに視線を向けて微笑んだ後、まっすぐ空を見据えて応えた。

「護龍ではむかし、『命を賭けて人の為に戦う色』が蒼だったんだって。味方が誰一人いないときでも、空の蒼はおまえの味方だって、おじいちゃんがいってたわ。白騎士は孤立無援の戦いでも、蒼空のもと勝利をおさめてきたんだって──」

「へえ。そりゃたのもしい。これから俺とお前と竜一匹で国盗りだ。蒼穹の加護があればいいがな」

 テスカはそういうと、ひゅうっと口笛を吹いて、隣に静かに座って空を眺める竜──エンデの頭を撫でた。嬉しそうに鼻を鳴らすエンデ。エンデは、竜狩りのさなかに助けた竜だ。穏やかなルシアと、大人びたテスカ。エンデは二人の騎士を護り、護られ、友である二人に信頼を寄せていた。

 エンデの鼻がぴくりと動き、異常を察知したエンデが空に向かって大きく啼く。

「──きたかハイドラ。いくぞッ!」

 城の上空には紫の雲が広がり、空間が黒く浸食されている。幻魔を束ねる魔神ハイドラが降臨すれば、護龍の空全体が蝕まれ、人々は襲われ、朽ちてしまうだろう。

 ルシアは聖剣ミトラスを、テスカは魔剣テスカベトレスカを握り、エンデの背に乗り、ドラグーンとして城へ向かった。

 魔神ハイドラに取り憑かれ、護龍の竜を残さず狩り、現世に魔神ハイドラを召喚した『竜殺しの王』を倒しに。

 魔神ハイドラの天敵は竜である。竜には精神を操る催眠攻撃が効かない。竜に守られた竜騎士であるルシアとテスカにも、ハイドラの魅了や五体を操る催眠が効かなかった。ルシアとテスカとエンデは共に戦い、ハイドラと同化した竜殺しの王を追い詰め、再びハイドラを幽界に封印することに成功した。

「どうか、護龍の王になってください」

 民はルシアとテスカに頭を下げた。二人は困惑したが、我々は騎士であり、王に仕える存在だといってそれを辞退した。そして、共に戦った護龍で最後の竜である、エンデの頭に王冠を乗せた。

 その瞬間、エンデは竜神として人の姿となり、護龍の竜皇帝として帝国を治めるようになった。蒼い空のもと、護龍には平和な時代が続き、竜皇帝の子供である五体のドラゴンが五つの都を守護した。

 しかし、あるとき力を得た黒騎士・テスカの一族が王座を狙いだす。古代魔術で巨大な槍を召喚し、太陽を砕いて打ち落とし、竜帝エンデを焼き尽くした。

 五つの都も燃えてしまい、かろうじて生き残った竜帝の子供たちが荒廃した都で人々を守っていた。黒騎士に王都を追われた、白騎士の一族は街の復興に尽力した。黒騎士は護龍を、生け贄が必要な『呪われし太陽』を召喚し、何代にもわたり支配した。

 太陽に焼き尽くされた竜帝エンデは、歴史から姿を消したと思われた。

 だが、エンデは生きていた。

 王都に仕える軍隊によって遺体を回収、地下に幽閉され、死にきるまで、永い永い拷問をうけたが、その高い再生能力により、死にきれなかった。

 血の臭いの充満する暗い地下室の中で、エンデは日々心身に加えられる激痛に耐えながら、かつての友、ルシアとテスカの笑顔、二人と過ごした蒼空の下での日々を思い出して、意識を保っていた。

 膨大な人間の悪意の前では、エンデは幼少期、竜狩りに遭っていた時のように無力な竜も同然だった。そんな中、手を差し伸べ自分を救ってくれた二人はもういない。

 拷問は千年に渡りつづいた。竜の神聖は奪われ、エンデは徐々に力を失い、やがて友との記憶も、激痛のなかに消えてしまい、全てを失うまで──。

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